Senobi

私立の中高一貫校で国語を教えています。IB=国際バカロレア、RW=Reading Workshop、WW=Writing Workshop、P4C=子どものための哲学

本の顔、イクタケマコトさんのイラスト~『ラクイチ授業プラン』ができるまで⑪

ラクイチ授業プラン」シリーズの表紙や中のイラストカットは、ずっとイクタケマコトさんに描いていただいています。

中学国語ラクイチ授業プラン

中学国語ラクイチ授業プラン

 

 

イクタケさんは、教職経験もあり、今はイラストレーターとしてご活躍です。

 

ikutake.wixsite.com

 

中学・高校イラストカット集1200―CD-ROM付

中学・高校イラストカット集1200―CD-ROM付

 

 この「中学・高校イラストカット集」は、学級通信や授業プリントを作る際に、ずいぶん使わせていただきました。

かわいくて印象的なキャラクターで、かつそんなに主張しすぎないので、すごく使いたくなるイラストカットです。

 

最初にイクタケさんにお会いしたのは、同じ学事出版の『月刊HR』という雑誌の企画でした。

「タンニンマン」という、若手教師の日常を描いたコミックエッセイで、イクタケさんがマンガを描いて、私はネタの提供者の一人として、協力させてもらいました。

 

 

そんなわけで、本を作るとなったときに、表紙はイクタケさんに描いてもらえたらなぁ、とぼんやり考えていたのです。

そして、こちらから何も言いだす前に、編集者の方から、表紙やイラストをイクタケさんにお願いしようと思っているんだけど、と提案されました。

本のコンセプトやテイストにぴったりだと、編集者の方も考えていたそうです。

 

本には、授業で使う生徒用ワークシートが掲載されているのですが、そこにたくさんのイラストを載せてもらうことができました。

授業内容に合わせたイラストのリクエストもできたため、「『走れメロス』を1コマで描いたもの」とか「平安時代の人と現代の人が会話しているところ」というような、ちょっと突飛なものをお願いしたりもしました。

こちらのリクエストがどんな感じで形になるのかなと、毎回楽しめたのは役得でしたね。

 

最終的に、カラフルで目を引く表紙と、見た目から楽しいワークシートが盛りだくさんの本が完成しました。

 

これは発売後の話ですが、ある読者の先生から、

放課後、授業準備の時間がなくて焦っているときに、「ラクイチ」をパラパラめくっていると、ときどきかわいいイラストが出てくるので、疲れが癒されます、

というコメントをいただいたことがあります。

イクタケさんのイラスト効果が、こういうところでも出たなぁとうれしくなりました。

 

ラクイチ」以外にも、イクタケマコトさんは、いろいろな本を手掛けていますので、書店などでぜひ見つけてみてください。

 

ちなみに「『走れメロス』を1コマで描いたイラスト」、ご厚意で後で色付けしたものをいただくことができました。

 

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我が家の玄関に飾ってあります。

 

重版出来!

昨年出した『「探究」と「概念」で学びが変わる! 中学校国語科 国際バカロレアの授業づくり』(明治図書出版)が、重版になりました!

 

 

この本では、国際バカロレアのMYP(middle years program、日本の小6~高1にあたる)について、その授業づくりの方法を説明しています。

IB校で働くことになった先生だけでなく、IBではどういうふうに授業を設計しているのか勉強してみたい、という先生方や学生さんに向けて、そもそも国際バカロレアとは何なのか、というところから詳しく解説しています。

 

IBには「重要概念」や「グローバルな文脈」といった独特の用語が出てきて、そういうのを聞くと、ああ自分とは関係がないや、と思われがちなのですが、

少し丁寧に読んでいくと、その背景には、逆向き設計、概念学習、学習者中心主義、自己調整学習など、近年注目されている教育理論が盛り込まれていることに気づきます。

その意味では、新しい学習指導要領の示す方向性と矛盾するものではありません。

 

IBの手法を学ぶことで、自分の授業のやり方を見直したり、さらに良くしていくことにつながるだろうと思います。

 

もともとそういう意図があり、IB校以外の先生にも届くようにと、かなり気を遣って書きました。

正直、売れるかどうか心配だったのですが、こうして重版になったということで、IB校以外の先生方にも読まれていることが実感できました。

(なぜそう言えるのかというと、IB校だけで初刷がなくなるほど、IB校の数は多くないからです…苦笑)

 

実際、IB校以外の友人や、国語教育を学ぶ学生さんから「読みました」という連絡をいただく機会があります。

ありがたいことです。

 

授業づくりに関しては、私もまだまだ勉強中ですが、実践を積み重ね、今後も発信していこうと思います。

 

保護者と行う哲学対話

先週、保護者の企画した哲学対話イベントに参加しました。

 

私の勤務校では、中学生の道徳で哲学対話を行っています。

担当するのは、日本でも珍しい「学校駐在哲学者」土屋陽介先生です。

哲学対話について詳しくお知りになりたい方は、この本をご覧ください。

(勤務校の実践も紹介されています。入門書としておすすめです!)

 

もともとは、子どもたちがやっている哲学対話を、親も体験してみたい、というところから始まりました。

その後、もっとやりたい、継続的なイベントにしたいという声があがり、有志の保護者の方に企画していただいています。

 

今では年に3回ペースで行うようになっています。

保護者、教員、生徒で話したい人が集まり、毎回その場で決めた問いについて話し合います。

今回は「働き方」がテーマでした。

 

この保護者の行う哲学対話には、いろいろなメリットがあると思います。

 

1.学校で保護者が自分の考えを話す

学校に保護者が来る機会というと、文化祭などの学校行事はありますが、それ以外には三者面談や、後は呼び出されたときなど、あまり多くはありません。

そして、せっかく学校に来ても、先生の話を聞く一方、ということになりがちです。

哲学対話であれば、保護者は自分の考えを、十分に話して帰ることができます。

 

2.保護者、教員、生徒が対等に話し合う

ファシリテーターはいますが、話し合いは参加者がみな対等です。

普段の学校であれば、どうしても力関係が生まれますが、哲学対話の時間にはそれをいったん保留にすることだができます。

普段の立場を少し離れて対話することで、いろいろな発見があります。

 

3.親子関係に変化をもたらす

保護者と生徒が同じサークルで対話することで、いろいろな気づきがあるようです。

ある保護者から、自分の子どもと同じくらいの子が話している内容を聞いて、うちの子もこういうことを考えているのか、と知るきっかけになった、と聞きました。

また、子どもの側からしても、ある保護者の話を聞いて、自分の親はどう考えているのだろう、と想像することにつながります。

なかなか普段から親子で対話をすることは難しいと思いますが、このような機会を通して間接的にでも親子関係に変化が生まれるのではないかと思います。

 

4、保護者ー教員の関係に変化をもたらす

同じように、保護者と教員の関係にも変化が生まれます。

クレーマー、モンスターペアレントという言葉で言われるように、保護者対応はネガティブな要素として語られがちです。

しかし、哲学対話の場であれば、根っこの部分ではどう思っているのか、そもそも何が問題なのか、という話し合いも可能です。

子どものために、という目的は一致しているわけですから、どういうところが上手くいかないのか、どこで悩んでいるのか、などの問題点についてオープンにして話し合うことで、理解し合えることも多いと思います。

これは、なかなか三者面談ではできないことです。

 

 

こういう活動が、クラス単位で行われるようになれば、もっと学校にまつわるコミュニケーションは豊かになっていくのではないかと考えます。

保護者との哲学対話、もっと広まってほしいです。

 

 

育児生活5ヶ月

5ヶ月になりました。


今日は、初めての離乳食に挑戦です。


全然知らなかったのですが、

おかゆを、何倍にも薄めて、それをさらに漉して、ようやく赤ちゃんが口にできるんですね。


今日は初めてなので、赤ちゃん用のスプーンで一口だけ。

口に入れてもぐもぐしながら、不思議そうな顔をしておりました。

(飲み込む前にほとんど口から流れ出ましたけど笑)


明日からも練習です。


ひと昔前は、米のとぎ汁なんかを飲ませていた、という話を聞きます。

今は、西松屋などに行くと、ほんと多彩な離乳食メニューがそろっているんですね。

野菜ベースのもの、スープ、カレー味なんていうのもありました。


ありがたい時代だなあと思います。


ひろしまタイムラインが苦手だ

先日から、Twitterで「ひろしまタイムライン」が評判になっていて、知り合いのSNSからもよくシェアされてくる。

www.nhk.or.jp

ネットニュースなどを読んでいても、良い企画だという声が多いようだが、どうも私は苦手だ。

 

最初に思ったのは「100日後に死ぬワニ」に似てるな、ということだ。

 

「ワニ」の方は、自分の運命が決まっている主人公の日常を、読者は神の視点から見ていく、という物語の構造を活かしたものだった。

毎日更新されていくスタイルは、Twitterというメディアともマッチしていて新鮮だった。

安心して楽しめたのは、それが虚構だったからだ。

 

しかし「ひろしまタイムライン」の方は虚構ではない。

「シュンちゃん」「やすこさん」「一郎さん」という登場人物がいるが、それぞれ「新井俊一郎さん」「今井泰子さん」「大佐古一郎さん」という実在の人物だ。

ご本人の日記をもとに、もし75年前にSNSがあったら?という設定で、ツイートをする。

この企画が始まったときに、HPを見た。

この三名の方が、原爆によって亡くなられたのか、まだご存命なのか、戦争とは関係なくお亡くなりになっているのか、が知りたかったからだ。

でもその情報は載っていなかった。

それをHPに載せることは、(Twitterが一番盛り上がるはずの)8月6日の「ネタバレ」になってしまう、ということだと思う。

私はそのように解釈し、その「見せ方」が嫌だなと思った。

こっちは8月6日に何が起こるのかを知っていて、その人が生き残れるのかどうかを見守り続ける気にはなれなかった。

(ちなみに、8月7日以降もツイートは続いており、3人とも原爆によって亡くなられていはいない)

 

もう一つ、映画「トゥルーマン・ショー」と同じだ、とも思った。

 

主人公のトゥルーマンは、保険会社に勤める普通の青年だ。しかし、実は生まれた時から彼の生活は24時間すべてテレビ番組として世界中に配信されている。

彼の住む島はすべて巨大なセットで、街中のいたるところに隠しカメラがある。街の住人はエキストラで、職場の同僚、親友、家族でさえも役者が演じている。

彼一人だけが世界の真実を知らないまま、彼の人生は視聴者の娯楽ためのコンテンツになっている。

 

今回の企画も、似たような構造に思えた。

(75年前の)本人は、この先何が起こるのかを知らない。

しかし、SNSを見ている私たちは、すべてを知っている。

 

自分にそのつもりがなかったとしても、誰かのリツイートなどでそれを見るたびに、なかば無理やりに「トゥルーマン・ショー」の視聴者と同じポジションに立たされてしまう。

コメント欄の「生きていて良かったー」などの書き込みを見て、ますますその思いを強くした。

 

ひろしまタイムライン」のHPには、ご本人の書いた日記の「原文」も紹介されている。

この「原文」も最初からすべて公開されていたわけではなく、ツイートに合わせて、少しずつ更新されている。(これも「ネタバレ」を防ぐための配慮なのだろうか…)

3人が原爆によって亡くなったわけではないと分かって、ようやく読めるようになったのだが、日記だけ読んでも本当に辛く、重たい内容だ。

 

たしかに日記を公開するだけでは、ここまで話題にならなかったと思う。

年が経つにつれて、若い世代にどう伝えていくかは大きな問題だ。

しかし、ここまで「劇場型」にする必要はあったのだろうか。

劇場型にしたことによって、コンテンツとして消費される要素が強くなりすぎていないか。

そんなことがひっかかり、もやもやしている。

原爆の日、してはいけなかった質問について

この時期になると、以前やってしまった失敗を思い出します。


もう何年も前になりますが、勤務校の修学旅行の引率で、広島に行きました。

夜に生徒を集めて、被爆者の方の話を聞く機会がありました。


その方は、幼い頃に原爆の被害に遭われたそうですが、当時の状況やその後の生活について詳しく話してくださいました。

私も、その方のお話を胸の詰まる思いで聞いていました。


話が終わって、何か質問があればどうぞ、と促されました。

話が重かったためか、生徒からは手が挙がりません。

私は、せっかくの機会なのでその時のことをより詳しく聞きたいと思い、

「(話題に上がったある場面では)どのような気持ちだったのでしょうか」といった質問をしました。


これが良くなかったんですね。


心情を直接聞いたせいか、また私の質問の仕方が冷静すぎたためか、

その方は「私がこれだけ話したのに、この先生にはまるで伝わっていない」と誤解させてしまったようなのです。

その方を、大変傷つけることになってしまいました。


私としては、話に深く感じ入って、より詳しく知らないと思ったからこその質問だったのですが、その意図は伝わりませんでした。


質問を尋ねられてはいますが、深く掘り下げて追求するような質問は求められていなかったのです。


会が終わってから、夕食時に同僚の先生から「あの質問はないよ」と怒られ、

後で、講演者の方からの抗議もいただいたそうです。

よほど「空気の読めない」質問だったのでしょう。


「質問はありますか」と求められたので質問したら、それが相手を傷つけたり、怒らせる結果になった。

このことに私はショックを受けて、その後もけっこう引きずりました。


哲学対話などでは、「知的安全性(intellectual safety)」ということを大切にします。

人を貶したり、傷つけたりすることなく、安心して問うたり、話したりできるような空間づくりを心がける、ということです。


被爆者の方との対話に、この安全性はあるのか。

もっと知りたい、深く共感したいと思ってした質問だったのですが、質問を拒絶されたことで、逆に絶対に分かり合えないのだという壁を感じてしまいました。


被爆者の方は、何とか原爆を知らない世代に伝えようという思いで話されています。

しかし、こちらから問うことがためらわれた時、その非対称性によって、両者の距離はますます広がっていくように感じられたのです。


2020教育zoomセミナーに参加しました

昨日は、「2020教育zoomセミナー」というイベントに参加しました。

 

ラクイチ英語」でお世話になっている江澤先生がFacebookで紹介されていたので知ったのですが、参加できてよかったです。

発表者の5人の先生が、自分の背景やそこから生まれた活動について語る、という内容で、とても学びの多い時間になりました。

 

たいち先生

お一人目は、瀬戸SOLAN小学校の立ち上げに関わっているたいち先生。

心の矢印を外に向けることで道が開ける、というお話でした。

これは私自身の経験からもよく分かります。

私も、仕事をしていくなかで、どんどん家と学校の往復だけの生活になっていったことがあります。これじゃいけないと思い始め、積極的に外部の勉強会やイベントに参加するようにしました。

そうすることで、同僚以外にも、同じ問題意識をもった仲間と出会えたりします。

結果、自分でも本を書いたり、イベントを企画したり、という活動につながっていきまいした。

たいち先生の本も読みましたが、子どものための哲学とつながる部分が多くあり「クラス会議」の実践についてももっと学んでみたいと思っています。

対話でみんながまとまる!  たいち先生のクラス会議

対話でみんながまとまる! たいち先生のクラス会議

  • 作者:深見 太一
  • 発売日: 2020/02/13
  • メディア: 単行本
 

 

Charlie先生

次のCharlie先生のお話も、驚きの連続でした。

高校で英語を教えていらっしゃるそうですが、積極的に高校生と社会とをつなぐために、毎週のように企画書を書いて、外部講師を招き授業をしてもらう、という活動をされています。

国際バカロレアの授業でも、実社会とのつながりが重要視されていますが、日本の学校教育の中ではまだまだ不足している部分だと思います。

先生自身が、国際協力の活動に参加したり、自身で新しい団体を立ち上げたりして、恐ろしいくらいの企画力と実行力をお持ちの方でした。

 

じんぺー先生

Teacher Aideという教員を助ける学生団体を主宰されているそうです。

自分が「何者」かになるために、自分にしかできない価値を探す、というお話が印象的でした。

教育に関心がある学生と実際の教育現場が関わり合えるのって、すごく大切だなぁと思います。

現状では教育実習がその中心ですが(最近ではインターンも少しずつ増えてきましたが)、もっといろんな形があっていいですよね。

 

江澤隆輔先生

 

専門の英語の本以外にも、部活動の問題や教師の働き方について、何冊も本を出されています。

小学校と中学校、どちらで教えるのがいいですか、という質問に対して、中学校がいい、という回答。

その理由は、ライティングなどの自分の指導法は、おそらく日本一だと思う、中学校でその指導法にさらに磨きをかけていきたい、というものでした。

自分の指導法に自信を持っていて、それがあるからこそ、他の活動にも積極的になれるのだろうと思いました。

最近では、Youtuberとしても活動されています。いやー、すごい。


【学校の先生】(たぶん)最速の提出物チェック方法

 

ざる先生

フリースクールや、オンラインサロンの経営を通して、学校外から教育を良くする活動をされているそうです。

活動を一つに決めず、いろいろなものに手を出していこう、というお話でした。

たしかに、これは今回発表された全員に当てはまるところだと思います。

みなさん本当にいろいろなところでつながり、新しい企画を動かしている。

 

今回のイベント参加者は、教育大の学生さんや若い先生が中心だったように思います。

「学校の先生」と聞くと、自分たちの経験から、先生とはこういうもの、こうあるべき、というある種の固定観念をもっています。

今回のような話を聞いて、先生でここまでやっている人がいるんだ、こういうこともできるんだ、という気持ちになれば、今後さらに面白い実践が生まれてくるかもしれませんね。

 

発表者のみなさま、企画者の信田さん、大変貴重な機会をありがとうございました!