Senobi

RWとWWとIBとP4C

リーディング・ワークショップふりかえり

授業時数も残りわずかになり、2学期、3学期に行ってきたリーディング・ワークショップについて、生徒にふりかえりのコメントをもらいました。

私も生徒も初めてのスタイルだったのですが、効果のほどはさておいて、おおむね好評でした。

ふりかえりは、数人のグループで話し合い、代表者に意見をまとめて発表してもらいました。

 

(中1)

・好きな本があるときは良かったけど、好きな本がなかったときは辛かった。

・幅広く読めた。

・集中できずにふわふわしていた。

・静かで暖かかったので眠くなった。

・家ではゲームばかりしているが、読書の時間は集中して本を読めたのは良かった。

・興味のなかった新しいジャンルを見つけられた。

・授業と授業の合間の息抜きになった。

・自分の好きなジャンルやよく読んでいる本以外の本を知れた。

・寝ている人がいた。

・本に対する熱意が上った。語彙力が上った。

・好きなジャンルの本を読めるのが良かった。

・普段読まないものを読めた。

・普段読まない本を読むことができた。

 

(高1)

・朝読書は時間が短いが、1時間あってよかった。

・図書室に行く機会が増えた。

・本を借りる機会が増えた。

・土曜日に読書の時間があることで、続きが気になり、行き帰りや休みの日に本を読む機会が増えた。

・今まで朝読書では、教室の本棚の本を適当に読んでいるだけで、ストーリーがばらばらだった。まとまった時間があるのが良かった。

・週1でコンスタントにやるのが良かった。まとまった単元でやるよりこのやり方のほうが良いと思う。

・読書記録は、毎時間でなく1冊ごとでも良いのではないか。

・1冊読んで概要を書く方が力になると思う。

・Cromebookを使った記録が良いと思う。

・読書記録にクラッシーを活用するのが良いのではないか。

 

このような発言がありました。

来年、さらに発展させていきたいと思います。

 

2月の振り返り

授業時数も終わりが見えてきて、ようやく振り返る余裕ができてきました。


これまでも自転車操業のような毎日を送っていましたが、二学期からワークショップの授業を始めたことにより、これまで以上に手探りの状態が続きました。疲れた…。


大変ではありましたが、生徒が楽しく取り組んでくれたことと、生徒の成長が感じられたことが励みになりました。

一度このアプローチを知ってしまったら、なかなかかつての一斉講義型の授業には戻せそうにありません。

来年度以降も、このスタイルをさらに発展させられるよう、継続していこうと思います。


(1)読書記録、大福帳の活用


今年は、生徒に記録はさせていたものの、その内容にまでは踏み込めませんでした。それをカンファレンスに使うところまではとてもとても。

読書記録には何をどのように書かせるのが良いか、来年度はこの辺りに取り組みたいと思っています。

生徒を縛るものでなく、積極的に使うための記録のやり方はどうするのが良いのか。


(2)これまでの教授内容とのバランス


二学期以降、ワークショップの授業に踏み切ったことで、探究型の単元が多くなりました。IBではもともとほとんどの単元を探究型でやっています。

そのため、これまでの知識ベースのアプローチがどうしても少なくなってしまいました。

これは、私が両方のバランスを上手くとれなかったマネジメント能力の問題でもありますし、

他の教科の課題(反転学習など)で、生徒が時間に追われ、疲れているのを目の前にして、さらに課題を出すのをためらってしまった(遠慮してしまった)、という理由もあります。


いくら探究型の授業が大事だと言っても、これまでみんながやっていた基本的な知識ベースの学習さえできなくなってしまったのでは、生徒に申し訳ありません。

生徒(または学校に預けている保護者)が何を望んでいるのか、そこをわきまえずに、教師のエゴの押し付けにならないようにしていきたいと思います。


勤務校はまだ新しくなって数年しか経っておらず、カリキュラムや制度設計がかたまっていません。

急激に変えられる現状だからこそ、抑制の効いた慎重な変革が必要なのだと思います。


とにかく、ようやくMYPが中1から高1まで4年分できました。

次年度は、もっと見通しをもって効果的な単元設定に変えていきたいです。



物語を書く課題

中学一年生に、物語を書く課題に取り組ませている。

今回の単元は「寓話を書こう」というタイトルで、あるテーマや教訓を設定し、それを読み手に感じ取らせるような物語を書いてみよう、という課題にした。

結果だけ先に言うと、これはあまり機能しなかった。


私はこれまで、二次創作やリライトの課題はよく出していたが、創作に取り組ませることはやったことがなかった。

創作をどう教えて良いか分からなかったからだ。

今回、ライティング・ワークショップの授業やIBのアプローチを学んだことをきっかけに、やってみることにした。


やってみて分かったのは、中学一年生の想像力や行動力は私の授業構想をはるかに超えていて、すぐに収集がつかなくなってしまった。

最初に設定した課題の趣旨が機能しなかったのはこのためだ。


設定が凝りに凝っていたり、

登場人物の変な名前を考えるだけで時間が来てしまったり、

哲学的なテーマを設定し、物語に落とし込めず止まってしまったり…。

みんなばらばらで、しかも頭の中にあるイメージと語彙力や文章力がかみ合っていないから、他人が読んでも理解できない物語がたくさん出来てくる。

一気に何千字も書き上げる生徒がいれば、最初のプロット作りで固まっている生徒もいる。

さて、これらをどうしようか。


ただ、生徒たちはとても楽しそうなのだ。

授業に行くとすぐ「先生、寓話書きましょう!」と言ってくる。

全員Chromebookで書いているのだが、共有して読みあったり、ネットで必要な情報を調べながら書き進めている生徒が多くいる。


改めて、教師の役割は何かを考えてしまった。

最後まで完成させることで、達成感を得られるようにサポートするのも教員の役割。

授業のねらいに即した学びを生徒に提供するのも教師の役割。

確かに私の授業のねらいがあり、ワークシートを配ったり、プロットに手を入れたり、条件を細かくつけていけばいくほど、ねらいどうりの作品が出来てくるだろう。

だけど、そのことで削がれるものも同時にあると思う。


ある時、授業の最初に、

「隣同士で、困っていること、上手く書けないところなどを相談してみて」

と促した。

そうしたら、多くの生徒が自分の創作過程について友達と話し、コメントし合い、一緒に考えるという活動が自然な形でできている。

弁論大会の時にも思ったけど、自分が苦労している分、親身になれるのだと思う。


ある生徒の悩みで、自分はプロットまで書いたんだけど、平凡で面白くない、という意見が出て、それをクラスで共有し、

「じゃあ『面白い物語』って何だろう?」とメタ的な話にまで思わず広がった。

こういう即興の展開は楽しい。


上手くできないからこそ、生まれてくるものがたくさんあると思う。

はじめの頃は、上手さやきれいにまとめることよりも、「書くのが楽しい」という気持ちを高めることができれば十分ではないか。

個々の難しい単元設定より先に、この点を意識したカリキュラム計画が必要だ。


楽しさやモチベーションを維持しつつ、失敗込みのプロジェクトにどう取り組ませていくか。

こんな授業設計に興味を持ち出したら、いよいよ深みにはまってきた気がする。


第2回概念ベース授業づくり研究会

隔月で開催することに決めた、概念ベース授業づくり研究会。

2回目の今回、参加者はIB校の先生を中心に、9人でした。

とくにテーマを明確にせず、参加者の持ち寄った資料を見て、みんなで話し合うことをメインにしています。


(1)

先日私の授業見学にもいらした虎哲さんが、書いている論文を共有してくださいました。


「意見文を書く」という活動の中で、先生方が重視しているプロセスは何か、というのか最初の話題になりました。

・テーマを生徒自身が決めること

・「考えている」ことが伝わる書き方をすること

・感想文をやめること(僕は〜だと思います、という書き方をやめること)

・立場を示すこと

・事実と意見を分けること

・引用と出典の作法(Academic Honesty)

・アカデミックな言葉遣い

このように、各先生方からたくさん挙がったのですが、中学から高校にかけて、どのような順番で身につけさせていくのがいいか、という方略については、まだよく分かりません。


(2)

高校の教科書で「概念的な問い」をどのように扱うのか。


国語総合のある教科書で「時間」に関する問いが出ています。

こういった概念的な問いをどう授業に位置付けていくのか、話し合いました。

(例として挙げられた問いは、概念的な問いと言っていいのか、という別の疑問もありましたが)

例えば「時間」について高校生がどれだけ論じることができるんだろう、

どのような授業展開が可能だろうか、という話になりました。


高校教科書の目次には、概念的なキーワードが並んでいます。(言語、自然とか、近代、構造主義、とか)

あれって何だろうね?  というふうに話は広がっていきます。

人文系学問の代表的なテーマであり、大学入試に頻出のキーワード集のようでもあり。

ある先生は、例えば近代や構造主義について、テキストがなくても語れるようにさせたい、と話していました。

それも魅力的ですが、どれだけの高校生がそれを学ぶ必要があるのか、という気もします。

勤務校での実感としては、国語総合の教科書テキストが難しく、生徒のレベルと合っていません。

 

近代、構造主義といった概念的なキーワードは、知識による側面が大きいのに対し、

時間や自然といったキーワードは、仮に知識が少なかったとしても、少ないなりに考えることのできる概念だと思われます。

(もちろん、知識があればその分深く考えることができるでしょう。知識が不要というわけではありません)


例えば、小中学校から哲学対話の授業が成り立つように、目の前の生徒のレベルに合ったキーワードと問いを選んでいくことで、

それぞれの生徒なりに概念学習ができていくのだろうと思いました。(これは会の中のの発言ではなく、私の感想です)


IBでは、重要概念やグローバルな文脈の中で、「時間」はキーワードになっています。

他教科(例えば科学や歴史など)では時間という概念はどう扱われているか、そして文学作品ではどうか、などを考えさせるのも良いのではないか、という発言もありした。


その後は、私の勤務校の授業実践や年間シラバスを見て、意見交換。


どのように探究を完結させ、達成感や学びを実感できるようにするのか、

年間の中で、いくつくらい探究単元をするのか、

などを話し合いました。


2時間弱の研究会ですが、時間が足りない!

もっと話したいね、という感じを残しつつ、次回に継続です。



IBコースの古典

MYPで古典をどう教えるか、ということが実に悩ましい。


中学段階であれば、教科書教材を使いながら、知識暗記に偏重することなく、古典を取り上げることはできる。

ただ、国語総合の古典となると、なかなか難しくなる。

(MYP最終学年は、日本の高校一年生にあたる)


前回も書いたことだけど、探究やプロジェクトベースの単元といった新しいことをやるとなると、これまでやっていた何かを削らなければならない。


では、何を残して、何を削ることができるのか?

例えば古典教育の中で、

歴史的仮名遣い、動詞の活用、形容詞・形容動詞の活用、助動詞…

と順に教え、暗記させていくやり方を踏襲していていいのだろうか。

もっと他のアプローチはないのだろうか。


IBのカリキュラムで教えていると、古典テキストを使った様々な探究単元が思いつく。

だけど、それらをやっていると(生徒も教師も楽しいが)、暗記中心ではないため、知識という点では不足する。


「反転学習」という考え方で、学校の授業では探究活動をやり、家で予習復習や暗記をすればよい、との意見もあるが、

いろんな教科でたくさんの宿題を抱えている生徒に、そんな余裕はない。


その結果、外部の実力試験を受けても、古典の成績が振るわない。


結局、生徒に多くを求め過ぎているのだ。


知識と探究の両方を達成できるようなカリキュラム開発ができるまでは、

優先順位をつけ、どちらかを削る決断が必要だ。



ワークショップ授業で感じる問題点

前回は、ワークショップの授業で得た変化について書きました。

今日は、授業を通して感じた問題点について書きます。
問題点といっても、今の自分が抱えている問題、という意味です。ワークショップ授業そのものを批判するものではありません。

(1)精読への橋渡し

ワークショップを通して、読書への関心や、文章を書くことに対する意欲は高まってきたように感じています。
ただ、精読となると話は別で、高校一年生のクラスでは、国語総合の教科書を読んで理解するのが難しい状況です。

多読を続けていくのか、どこかで精読型の授業にシフトチェンジしていった方のいいのか、よく分かりません。

来年度以降は「大学入試に出るから」という理由をつけて、問題演習に取り組ませていくようになるだろうと考えています。

(2)課題のレベル設定

ライティングワークショップや、プロジェクト型の授業では、どういう問題を出して、どのレベルの課題に取り組ませたら良いのか、うまくつかめません。

これまでは教科書中心の授業をしていたため、テキスト内容を理解できているかどうか、というのが達成のための指標でした。(その分、自由度の高い課題は出すだけで済ませられていました)

今は、生徒が一人一人取り組む課題が評価の中心です。
テーマを決めるだけで何時間もかかる生徒がいる一方で、1000字程度を素早く書いてしまう生徒もいます。
400字の文章を書くのがやっとの生徒がいますし、本来はもっと書ける力を持っているのに、だらだらと取り組んで、ほとんど書いていない生徒もいます。

今は、いろんなテーマで書けるような、幅の広い問いを出すことで、生徒が自分なりに挑戦できるようにしています。
あとは個別対応。だけどどこまでフォローし、促せているか…。

(3)成長が客観的に説明しづらい

ワークショップの授業をやっていると(IBの授業もそうですが)、ルーブリックを用いたパフォーマンス評価など、これまでの評価の仕方とはずいぶん観点が変わります。
主観的には、どんどん変化しているなぁ、成長しているなぁ、と思えるんです。
でも、なかなかそれが他者に伝わりません。

勤務校では、よく外部の実力試験を全員に受けさせて、生徒のレベルを見ています。
ただ、ワークショップやIB課題をやっていても、実力試験で好成績をとることに直結はしません。
そのことで、保護者は心配になりますし、その心配は生徒にも影響します。
他の先生に「こんなんで大学入試は大丈夫?」と言われると、こっちも自信をもって大丈夫とは言えないところが辛い。

もちろん、進学をサポートするのも大事な役目です。ただ、実力試験のために授業を設計するのは本末転倒ですし、どうバランスをとっていくのが良いのか、悩んでいます。

(4)古典の学習

IBの概念ベースの授業づくりや、プロジェクト型にすることで、これまでとは異なる古典の単元を設計することは可能と思います。
ただ、そうすると(3)と似てくるのですが、外部の実力試験や大学入試との兼ね合いをどうするかが問題となってきます。
特に高校一年生の外部テストでは、レベルが上がるほど知識的な先取りが要求されてきます。

ただでさえギチギチのカリキュラムの中で、新しいことを始めるためには、これまでの何かを削らなければなりません。
ただ、何を削ればいいのか。
そのコンセンサスは、勤務校ではまだ取れていません。

どのタイミングでどのようなことに取り組ませていくか、そして進路選択と、国語科としての生徒の成長をどう結びつけていくか。
この辺りの見通しの立たなさが、今抱えている問題点です。


ワークショップの授業をして気づいたこと

今年度、2学期から本格的にワークショップの授業を取り入れはじめました。


リーディング・ワークショップは週に1回ペースで図書室に行ってやっています。

また、ライティングの方は、作文課題の単元を増やしました。


自分の中で、これまでと考え方や見方が変わってきたところがいくつかあるので、書いてみます。


(1)◯◯(教材名)を教える、という考え方をしなくなった


これまでは、教科書教材を中心に授業をしていて、◯◯をどうしたら面白く教えられるかなーということが授業設計の中心でした。


もちろん今でも教科書は使っていますが、ちょっと扱いの位置が下がったというか、〜〜(スキルや考え方)を伝えるのに、教科書のこのテキストは使えるな、という感じになってきました。


(2)「生徒」という捉え方が薄れた


これが自分の中では一番大きい変化なのですが、ワークショップを通して、以前より一人一人が見えるようになってきた気がしています。

これまではひとくくりの「生徒」にどう教えようか、という意識が中心でした。

今は、次はあの子にどうアドバイスしようか、というように考える時間が増えました。

もちろん、そのぶん悩む時間が格段に増えたのですが。


以前の私はどういう「生徒」を想定して授業を組んでいたんだろう?


それに付随して、授業準備の時間のかけ方も変わりました。

「どう教えるか」の準備より、終わった後にどうフィードバックするか、に時間をかけるようになりました。

これにより、仕事量が増えました(笑)


(3)授業中、全体に向けて話す時間が減った


ワークショップの授業に関しては、全体に向けた説明は最初の10分程度で、後は個別のアドバイスにしています。

教室をぐるぐる回りながら、声をかけていくのですが、一人一人困っているところやつまづいているポイントが違うので、アドバイスが難しい。

一人の話をじっくり聞いていると他の子が放っておかれる。

生徒によって理解度が異なり、その生徒ごとに説明の仕方を変えていく必要がある。


こんなことをやっていると、あっという間に授業時間が終わり、一コマ終わるとくたくたになります。

私の勤務校はちょっと特殊で、1クラス20人程度しかいません。だからできている、という側面もあります。

(40人教室では相応のやり方があるのでしょうが、今の私ではまだ想像できません)


他にもいろんな気づきはありますが、以前より生徒の変化が感じ取れるようになったことが、一番の収穫だと思っています。