【読書】『その問いは文学の授業をデザインする』
先日の記事と関連し、続けた読んだ文学教育のための本を紹介します。
松本修・桃原千英子編著『その問いは文学の授業をデザインする』(明治図書)
こちらも、授業を計画する上でたいへん参考になる本でした。
本書の基本的な構成は、「走れメロス」「故郷」「羅生門」など、中学・高校の「定番教材」を取り上げ、それぞれの教材を使って文学の授業をするために有効な「問い」を紹介しています。
例えば「走れメロス」であれば、
「私は、信頼に報いなければならぬ。今はただその一事だ。走れ! メロス。」とありますが、「走れ! メロス。」は、誰から誰へ語りかけているのでしょうか。
また、そう考えた理由を、本文をもとに説明しましょう。
という問いが紹介されています。
少し注意しなければいけないのは、ぱっと読むだけでは従来の問いとそれほど変わらず、新鮮味が感じられないことです。
現にこのような問いは、「走れメロス」を授業で扱う場合よく使われるでしょう。
大事なのは、なぜそれを問うのか、出題の意図まで明確になっているか、ということですね。
なんとなく「作品を理解するため」という理由で問うている場合も多かったように思います。
本書では問いの紹介の後に、「問いの意図」「問いに正対するための前提条件」「交流で予想される反応」「問いに至るポイント」など、様々な観点から問いについて考察して、それがなぜ文学の授業において有効なのかを説明してくれています。
とくに「問いに至るポイント」では、その問いが文学のどういう考え方に支えられているか(語り手、空所、など)が書いてあります。
また、後半の理論編ではさらに詳しく説明されています。
それらを読むことで、その問いについて考えることが文学教育としてどのような意味をもつのかがよく理解できました。
もう一つ、本書で扱われている問いの評価基準も参考になりました。
a 誰でも気がつく表現上の特徴を捉えている
b 着目する箇所を限定している
c 全体を一貫して説明できる
d いろんな読みがありえる
e その教材を価値あるものとする重要なポイントにかかわっている
教師の授業中の発問についての評価基準ですが、
教師だけでなく、この観点を生徒と共有すれば生徒の小論文(文学批評)作成に役立つだろうと思います。
一つ気になったことは、この本に掲載されている問いがすべて「作品ベース」になっていることです。
例えば「サーカスの馬」について、
小説の結末が「息をつめて見守っていた馬が、…僕は我に返って一生懸命手をたたいている自分に気がついた。」の一文で終わることについて、あなたはどう評価しますか。
という問いが紹介されています。これは「作品ベース」の問いです。
同じようなことを問うにしても、「作者は結末をどのように工夫しているか、その効果について論じなさい」という問いも作れるわけです。
こちらは「概念ベース」の問いになります。
(「授業中に学習した作品をもとに論じなさい」といった条件をつけることで、生徒は取り組みやすくなります)
せっかく「作者」「語り手」「象徴」などの概念を取り入れた授業を行うのであれば、「作品ベース」の問いだけでなく、生徒の思考を広げたり、他の作品と比較させたりするような、1つの作品の批評にとどまらない授業展開がもっと知りたくなりました。
「国語」の授業というと、どうしても教材ベースに限定されてしまうのでしょうか。
中学1年生から抽象的な問いを扱った方がいいかどうかは別としても、高校生であればそのような「概念的な問い」について考えらえるようになってほしいなとは思います。
文学の授業を中学から高校にどのように橋渡しし、展開させていくか。そこが考えどころですね。
【読書】『文学のトリセツ』
長年「国語」を教えてきましたが、「文学」を教えてきたかと言われると、とてもそうだとは言えません。
「山月記」「こころ」といった文学作品を扱ってはきましたが、それがはたして「文学」を教えることになっていたかどうか。
ふりかえってみれば、内容理解や作品の読解で止まっていたように思います。
そんな私が、今勤めている学校では、国際バカロレアの授業を担当することになりました。
日本でいう「国語」にあたるのが、国際バカロレアの「言語と文学」です。
(もう少し詳しく言うと、中学校・高校1年では「言語と文学」、高校2、3年では「文学」と「言語と文学」の科目に分かれます)
教科名の通り、中学校から「文学」を学ぶのです。
いざ「文学」を教えるといっても、自分が大学で文学を学んできたわけでもなかったので、イメージがわきません。
国際バカロレアが出しているガイドブックを読んだり、ワークショップに参加したり、最終試験の問題を分析したりして、四苦八苦しながら授業づくりを模索していました。
いろいろと文学理論に関する本も読みました。
読んでいけば当然、知識的な部分は増えていきます。
けれど、それぞれの文学理論がどう作品の読み方を変えるのか、またそれらの理論をどういうふうに授業に反映させればいいのか、といったところがどうも掴みきれずにいました。
前置きが長くなりましたが、今回読んだ小林真大『文学のトリセツー「桃太郎」で文学がわかる!』(五月書房新社)には、まさに今自分が知りたい内容がつまっていました。
この本でとくに分かりやすかったのは、各文学理論の問題点と、理論同士のつながりが述べられているところです。
それぞれの文学理論がどのようなものかを説明する入門書はいろいろあります。
本書では、それだけでなく「脱構築批評の問題点」など、それぞれの理論に足りないところ、そしてなぜ新しい理論が誕生したのか、といったところに十分な記述を割いてくれています。
各理論の「間」の理解を得たことで、それぞれにどういう意味や価値があるのかがわかってきました。
もう一つ、授業者という点でとても参考になったのは、一つの作品を様々な理論を使って批評していく実際の例が載っているところです。
基本的には、タイトルにあるように「桃太郎」を、それぞれの文学理論を使って批評してみせてくれます。
たしかに、一部桃太郎では無理を感じるところもあるのですが…読者の分かりやすさを優先したということでしょう。
それを補うかのように、最終章では『異邦人』を取り上げて、それぞれの理論を適用するとどのように批評できるかを紹介しています。
この章ではありがたいことに、文学理論を作品に適用する際の「問い」の例が多数記載されています。
例えば、フェミニズム批評を適用したい場合は、
・作品に登場している男性と女性はどのような人物か?
・作品には「男らしさ」や「女らしさ」といった伝統的な観念が存在しているか?
・作品において、女性差別の構造はどの程度現れているか? (p.256)
といった問いが挙げられています。
これまでどうしても、教科書に掲載されている作品ベースでばかり問いを作ってきたものですから、このような問いの設定は「国語」の教師としてはとても新鮮に映ります。
こういう問いについて生徒と考えていくことで「文学」の授業になっていくんだなと、学習活動のイメージがわいてきました。
同時に、本書を読んだことで、
なぜ国際バカロレアのカリキュラムには様々な要件があるのか(複数の時代の作品を読む、翻訳文学を必ず含む、など)、
なぜ最終試験ではこのような問題が出るのか(国や地域の異なる2人の人物が同じ作品を読んだとき、その読み方がどのように異なるか論じなさい、など)、
その背景となっている考え方も分かってきたように思います。
それにしても、例証として挙げられている本の種類の豊富さ…。
普段どのような授業をしていらっしゃるのか、どこかでお会いする機会があれば、学ばせてほしいものです。
これからの授業づくりが楽しみになる一冊でした。
今週の名文(10)
読むっていうのは実は長い道のりを読む人自身が一生懸命歩きながら、全体の地図を作り上げていく、そういう積極的で主体的なプロセスなんです。
◯犬塚美輪『生きる力を身につける 14歳からの読解力教室』より。
この「読む」ということに限らず、何となくできるだろうと思っていること、これくらいで生徒に伝わるだろうと思っていることなどを、もっと意識的に言語化し、ためらわずに伝えていった方がいいと思わされた。
評論が人の心を動かし、共感を与えるためには、論理の展開がなるほどという妥当性をもっていなければならないのはもちろんだが、主張そのものの中に、読者をハッとさせるような個性的な批評が含まれていることが不可欠である。
◯『高校生のための批評入門』より。
IBでもよく小論文を書く。長年指導されてきた先生はいつも、当たり前のことを小論文で書いても意味がない。いかにオリジナルの意見を述べて、そこに説得力のある理由や根拠をつけられるかが大事だ、と生徒に指導していないという。独創的な意見を言うことを生徒に推奨できているかどうか、反省した。
Not in a rush.
◯これは、先日のオンラインイベントで紹介された、ハワイで長年p4cをやっているDr.Jの言葉。p4cをうまくやるコツは、あせらないこと。何事もそうですね。
【読書】『14歳からの読解力教室』読解力にとどまらない学ぶ力
評判になっていた本を読んでみました。
犬塚美輪『生きる力を身につける 14歳からの読解力教室』
この「〇歳からの」というフレーズはよく使われて、ときには首をかしげるものもありますが、この本に関してはぴったりだと思いましたね。
まさに、中学生くらいから(それも入学したてではなく、後半あたりで)知っておいてほしい内容が満載だったからです。
説明文の読み方と物語文の読み方はどう違うか、
ひとはどう物事を理解するのか(記憶のネットワーク)、
学習語彙の大切さ、
など、タイトルで「読解力」に限定した本だと思っていましたが、それ以上に「学び方」を知る上で重要なことがたくさん載っています。
内容は盛りだくさんですが、タイトル通り中学生くらいから楽しくすいすい読めると思います。
全編会話文形式であることや、図やイラストが盛りだくさんなこともありますが、
それ以外にも、
記憶の仕組みを理解するために、まず「二重貯蔵モデル」をご紹介しましょう。モデルというのは、〝理論を説明するための考え方〟です。
というように、語彙が少なく読むのが苦手な生徒に対しての心配りが、とても行き届いている本だと感じました。
本書では、「読解力を向上させる6つの方略」として、本書では以下のような項目が挙げられれています。
・基本的な読み方コントロール
・明確化
・要点把握
・理解チェック
・構造注目
・知識の活用
こういう内容を事前に生徒に示し、授業の適切なタイミングで、どの方略を使っているか、などと確認させるのは有効だろうと思います。
また、この方略は下にいくほど高度になるのですが、学年に合わせて、重点的に扱う方略を決めておくのもよさそうです。
これまでも、こういう内容を授業中に生徒に話しているのですが、場当たり的というか断片的で、生徒の記憶にも残りにくいのではないかと反省しました。
また、少ししか触れないので、次の瞬間には忘れてしまい、生徒の成長の実感につながっていなかったように思います。
本書でも次のように述べられています。
先生としては、方略を教えているつもりでも、生徒たちが自分自身で使っていく〝作戦〟だとはなかなかハッキリ言わないために、授業中の課題だから授業が終わったら関係ない、と考えてしまうのかもしれないですね。まずは先生が〝あからさまに〟教えてくれる機会が増えることが必要だといえるかもしれません。(p.122)
教科の知識については、どの学年で何を教えるのかがはっきり決まっていますが、
この本で述べられているような「読解力」「学び方」「批判的思考」などについては、いつ何を教えるのか、というのがはっきりしません。
結果、それぞれの先生がばらばらに生徒に伝えている、というところが多いのではないでしょうか。
事前にカリキュラムに組み入れて、いつ、何を生徒に直接的に教えるか、またそれをどう各教科で活用していくのか、そういう計画を立てていきたいと思いました。
先行実践の著作権について~『ラクイチ授業プランができるまで』⑨
前回の記事では、公表された著作物や生徒の成果物の扱いについてまとめました。
一番難しいのは、先行実践の扱いです。
先行実践の著作権についてはどう考えればいいのか、まとめてみたいと思います。
全くのオリジナルはあるか
普段から、全くのオリジナルで授業をすることなど、そうそうありません。
多くの実践本が出ていますし、ウェブ上でも様々な実践が公開されています。
また、同僚の行っている実践を参考にするケースもあります。
それらを時にはそのまま使ったり(追試)、アレンジを加えたりしながら、自分の授業を組み立てていきます。
どこまでを自分のオリジナルの授業と言ってよいのか、その線引きは難しいところです。
実践を本に載せたい場合は、このあたりを慎重に考えなければなりません。
(1)先行実践をそのまま使いたい
著作物やウェブサイトなどで公表されている他者の先行実践を、そのまま自分の本に使いたいというケースです。
この場合は、もちろん勝手に載せてはいけません。
実践考案者の方に直接確認をとる必要があります。
本のコンセプトを説明し、許可を得てはじめて掲載可能になります。
ただし、すでに著作物として出版されている場合、利益が競合することになるため、許可を得ることは難しいのではないかと思います。(出版社同士の話し合いになることもあります)
もちろん、許可を得たとしても、載せる際には実践考案者の方のお名前や、出典を載せることが必須です。
自分の実践だと読者に誤解されるような書き方になってはいけません。
(2)アレンジした内容を載せたい
ある先行実践をふまえつつ、アレンジした実践を載せたい場合です。
この場合は、どの程度アレンジが加わっているかによって対応が変わります。
少しのアレンジを加えただけで、授業アイデアの大部分(とくに授業の核になる部分)が変わっていないのであれば、それは(1)と同じとみなし対応する必要があるでしょう。
一方で、先行実践から発想のヒントは得つつも、そこから自分なりのオリジナリティを加えた実践であれば、それは自分の実践といってよいと思います。
特別許可をとる必要はありませんが、誰の何を参考にしたのか書いておくのが礼儀です。
迷うような場合は、許諾の確認をとっておくと確実です。
(3)誰が最初に考案したのかがわからない実践
いわゆる「定番」というやつですね。
あまり定番ばかり載せては、新たに本を作る意味はないのですが、時には定番のものでも載せたいということがあります。
今回の本づくりでは、特定のグループでよく行われているもの(TOSSの、口に二画足す、のような)は載せないようにしました。
一方で、いろいろなところで実践されていて、誰が最初に考案したのかわからないものついては、自分の知る範囲で一番参考にした書籍やウェブサイトの情報を載せることで対応しました。
『ラクイチ国語』で言えば、故事成語を4コマ漫画で表現する、など授業プランがそれにあたります。
気をつけるポイント
今回の本づくりで気をつけたのは以下の点です。
①先行実践者のアイデアを、自分たちのアイデアのように表現していないか
②先に発売された著作物の利益を侵害していないか
③参考にさせていただいた先生方に失礼にあたっていないか
④先行実践や参考文献の出典が正確に記されているか
教育実践の著作権については、議論の余地があるところだと思いますが、このようなことに注意していけば、大きく間違うことはないと思います。
育児生活4ヶ月
授業実践本の著作権について~『ラクイチ授業プラン』ができるまで⑧
授業実践本を作る際に、十分意識しなければならないのが著作権についてです。
ここをいいかげんにしてしまうと、後で大きな問題になりかねません。
本に載せたい内容の中で著作権に関連することとして、
「公表されている著作物」「生徒の成果物」「先行授業実践」の3つについて考えてみたいと思います。
公表された著作物について
教師が授業内で著作物を使う場合は、著作権の制限規定に当たるため、著者や権利者の許可をとる必要はありません。
だからこそ、本の一部をコピーして配ったり、教材プリントにしたりできるわけです。
ただ、普段からこのように著作物を使うことに慣れているため、他者の著作物について認識が甘くなってしまうということも起こりえます。
この点は、以前の記事でも少しふれました。
さて、自分の本に他人の著作物を載せたい場合は、当然著作権者の許諾を得る必要があります。
その場合、著者または著作権を管理している団体に連絡しなければなりません。
著作物を取りまとめている管理団体に一定の金額を支払うことで載せることができる、というケースもあります。
これは文章だけでなく、図やグラフ、イラスト、写真などについても同じです。
インターネットで拾ってきた画像をそのまま載せる、ということは、授業プリントではできても、本を作るときにはできません。
(フリー素材であっても、出版物に載せる場合には連絡が必要、などとしているところが多いです)
もちろん、出典を明記した上での引用であれば載せることができます。
そのため、本に他者の著作物を使いたい場合は、それが適切な引用にあたるのか、引用の範囲を逸脱していないか、常に確認していく必要があります。
生徒の成果物について
作ろうとしているのは授業実践の事例集です。
実際に行った授業で、生徒がどのような成果物を作ったのかを示した方が、読者である先生に授業のイメージが伝わりやすくなるかなと考えました。
ここで注意しなければならないのは、成果物の著作権は生徒自身にあるということです。
プリントを回収したとしても、著作権が先生の側に移るわけではありません。
そのため、生徒の成果物を本に載せたい場合は、それを作った生徒の許諾を得る必要があります。保護者にも連絡をしておくと確実です。
当然ですが、生徒の著作物ですので、勝手に改編してはいけません。
また、本に載せる際には、生徒の名前などの個人情報について十分に配慮する必要があります(著作権とは別の話ですが)。
ここまでは基本なのですが、悩ましかったのが「先行授業実践」をどう考えるか、という問題でした。
長くなってきましたので、次回に続きます!