Senobi

私立の中高一貫校で国語を教えています。IB=国際バカロレア、RW=Reading Workshop、WW=Writing Workshop、P4C=子どものための哲学

赤ちゃんの首がすわった…?

2週間くらい前に寝返りができるようになった我が子。

今日、うつぶせから自分で首を持ち上げられるようになりました!

(ちなみにまだうつぶせから自分で戻ることはできない)


ママパパの呼びかけに反応して、顔を上げて声のする方を見ます。

両手を突っ張って、必死な様相で。


これまで少しずつうつぶせ練習をしていたのですが、急にできるようになったものだからびっくりしました。


これは、首がすわったと思っていいんですよね…?


赤ちゃんの成長を見ていると、あぁこの瞬間は二度とないんだなぁと、時間の流れを意識せざるを得ません。

それくらいめまぐるしく変わっていく。

長いこと同じような仕事を繰り返していて、わすれかけていた感覚でもあります。



首を動かせるようになったのが楽しいのか、抱っこしていてもお風呂に入っても、あっちこっち向いて動くので大変。

目が離せません。



【読書】『先生は教えてくれない大学のトリセツ』ここにも論文指導のヒントが

先日読んだのは、こちらの本。

田中研之輔『先生は教えてくれない大学のトリセツ』(ちくまプリマ―新書)

これから大学生になろうという人だけでなく、高校生や、なんなら中学生にも知っておいてほしい内容がたくさんありました。

 

大学での学びとは何か

例えば、「大学での学びとは何か?」ということについて、筆者は次のように述べます。

学びとは自分が知りたいという欲求に正直に、好奇心を持ち続け、日頃の生活においても、考え、発展していくような構えのようなものです。学びは、生きていくことと密接に結びついた壮大なプロジェクトだとも言えます。(略)

「学びとは、生き方をデザインしていく行為」そのものなのです。学びは、吸収していく浸透力と、生み出していく創造力、自分だけではなく周りの人を引っ張っていく牽引力を伸ばしていきます。

 今でこそよく分かりますが、このようなことは、自分が学生のときには考えてもいませんでしたね。

高校での受け身の勉強を引きずったまま、大学で「主体的に学ぶ」ということがよく分かっていなかったように思います。

そんな自分の反省もふまえつつ、今の教え子には、もっと早い時期からそういう学び方に気づき、自分を高めてほしいなと思いながら授業をしています。

 

ただ、「主体的に学ぶ」と言っても、具体的にどうすればいいのか、それを伝えるのは難しいものです。

本書は、そのためのヒントをいろいろ教えてくれます。

 

質問メモの作り方

例えば講義(授業)を聞いているとき、多くの学生(生徒)は先生の話や板書をそのままノートに取りますが、それだけでは受け身の勉強です。

私も自分の授業で、黒板を写すだけでなく疑問に思ったことや意見をメモしよう、などと呼びかけますが、なかなか実践が定着しません。

本書では、質問メモのポイントがまとめられていました。

・いつから起きている事柄なのか(時間の視点)

・どれくらいの規模で起きていることなのか(空間の視点)

・同じような事柄は、他の地域や、他の国でも起きていることなのか(比較の視点)

・その事柄は、いかなるインパクトをあたえているのか(影響の視点)

・その事柄に関わっている関係者は誰か(アクターの視点)

・その事柄にはいかなる組織が関わっているのか(組織の視点)

・その事柄が問題であるならば、どのような解決方法が考えられるのか(解決の視点)

・その事柄に対して、あなたはそう向き合うのか(自分事として捉える視点)

 なるほど、ただメモを取れというだけでなく、このように具体的な問いとして示すと、取り組みやすくなりそうです。

『14歳からの読解力教室』に載っていた、方略を明確に示す、という手法と同じですね。

senobi.hateblo.jp

 

また、このような視点をずらす考え方は『教養の書』での推奨されていました。

senobi.hateblo.jp

 

こんなふうに、学びながら疑問を立てたり、発想を広げられるようになると、どんどん学びが自分事になっていくのだろうと期待できます。

 

論文の書く際のヒント

もう一つ参考になったのが、論文の書き方についてです。

まず、問いの立て方について。

問いは、日常生活を過ごすなかで感じた「なぜ?」に注目するところから始めます。

ここまでは、私もよくやりますが、面白かったのは次の視点で、

筆者は、「自分が関わっている集団のなぜ?」と「自分が関わっていない集団のなぜ?」を区別して説明します。

たとえば、自分の所属しているサークルの飲み会でコールがあったとき「なぜサークルでコールをするのか」という問いを立てると、それは「自分が関わっている集団のなぜ?」です。

このように、自分が関わっている集団の当たりまえを疑う方が、関わっていない集団のなぜ?を問うより難しいといいます。

たしかにそうですね。メタ的な視点が必要になります。

高校生に論文指導をする際、問いを立てるためのワークショップで、「自分が関わっている集団のなぜ?を探そう」「自分が関わっていない集団のなぜ?を探そう」というのをやってみたくなりました。

 

他にも、問いを一度キーワード化して、よりよいテーマを考えるという手法も紹介されていました。

本書では、「アルバイトや従業員が楽しそうに働くのはなぜか?」という最初の問いから、「雇用、職場、労働、インターナルマーケティング、サービス産業」といったキーワードに置き換えていき、最終的に「サービス産業におけるインターナルマーケティングの実態と課題」というテーマの論文になった例が紹介されています。

 

論文やレポートの課題をやらせていても、そもそも最初の問いで焦点が絞り切れていないために、どう進めてよいかわからなくなる生徒は大勢います。

これまでも、問いを変えてみたら?とか、もっと絞ったら?などとアドバイスをしていたのですが、キーワードに変換するワークをやってみると、生徒が自分で突破口を見つけられるかもしれませんね。

 

さくさく読める本ですが、有益なヒントをたくさんいただくことができました。

今週の名文(11)

パロディは、人々が権力に向き合うときに手にできる小さいけれど、強力な「武器」になり得るものです。武器を自ら捨ててはいけない。

グレゴリー・スターのことば(714日朝日新聞より)

 

東京オリンピックのエンブレムと新型コロナウィルスを掛け合わせたデザインが炎上し、ニュースでも取り上げられた。彼はそれを表紙に使った会報の編集長だ。

(その後、協会が表紙デザインを取り下げ謝罪したことに抗議して辞任。)

記事内では、デザインを批評性のあるパロディー作品だと評価し、表現の自由のために争うこともせず自ら引いてしまう態度を批判する。

IBの授業では、風刺やパロディー作品も分析のためのテクストとして教材としてよく使うが、国語の授業で扱うことは少ない。

こういった線引きの難しい素材について議論したり、自分の考えをもつことで、国語の授業でも実社会とのつながりを作っていくことができるだろうと思う。

 

 

 

映画はとんでもない所からオリジナリティーが生まれるから面白いんだよ

行定勲が、大林宣彦からの言葉を紹介して(716朝日新聞夕刊インタビュー記事より)

 

どんな逆境でも、その中で、その制約を面白さに変えて作品を作る。(三谷幸喜も新作「大地」のインタビューで、同じことを話していた)

同じ記事で、

「アイデアが浮かんでしまったらもうやるしかない。『演劇は何だってできるんだ』という主人公の思いに応えたかった。『映画だって何だってできるんだ』って」とも語っている。

これもよく分かる。授業アイデア、思いついてしまったらとりあえずやるしかない。

 

 

 

殺されるッて分かったら? 馬鹿ァ、何時だ、それア。ーー今、殺されているんでねえか。小刻みによ。

蟹工船』より

 

〇先日、教師の働き方改革についてのオンラインイベントに参加した。

蟹工船」と重ねるのはどうかとも思うが、おかしいことをきちんとおかしいと言い続けるのは大事だ。

 

赤ちゃんへの声がけは大変

先日、妻から次の記事を教えてもらいました。

president.jp

 

昨日紹介した『ことばの発達の謎を解く』とも関係する内容ですが、

生後まもなくの赤ちゃんにどのような声がけをしていくのかによって、言葉の発達に違いが出る、という記事です。

 

池谷裕二『パパは脳科学者』でも紹介されていましたが、赤ちゃんは高い音の方がよく認識できるそうです。

(パパが赤ちゃんに話しかけると、つい高い声になってしまうのは、その方が赤ちゃんの反応がいいから)

 

記事内では、ペアレンティーズ(マザリーズ、高いピッチで母音を強調し、簡単な意味のある文を話すこと)をどれだけ赤ちゃんに聞かせていたかによって、生後一年半で赤ちゃんの獲得した言葉に二倍もの差が出ることが紹介されています。

 

なので、記事では、赤ちゃんのうちからどれだけの量をどんなふうに話しかけるのかが大事だ、と結ばれます。

 

この重要性はよくわかるものの、いざ自分でやろうとするとなかなか難しい。

赤ちゃんは返事を返してくれないので、ずっと一人で話しかけている状態になります。

これがけっこうツライんですよね。

(妻には考えすぎだと言われますが)

 

母は、私を育てていたとき、夜に父が帰ってくると「やっと人間と話せる」とほっとした、そうです。

わかる気がします。

たしかに、日中赤ちゃんとずっと二人きりだと、いくらかわいいとは言えストレスがたまるだろうなと想像できます。

 

いまは二人で子育てしているので、赤ちゃんと二人きりで息が詰まるということはほとんどありません。

そういう意味でも、育休は必要だなあと思いました。

【読書】『ことばの発達の謎を解く』

今回紹介するのは、今井むつみさんの『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマ―新書)です。

 今井さんの本は何冊か読んでいますが、毎度面白いですね。

 

この本では、赤ちゃんがどのように言葉を獲得していくのか、その仕組みや理由を、実験結果などをふまえながら解説していきます。

読んでいくと、誰かに言いたくなるような話が満載でした。(私も、すぐ妻にしゃべりました笑)

 

例えば、

赤ちゃんはお腹にいるときからすでに母語のリズムやイントネーションを聞いていて、その結果、生まれてすぐの赤ちゃんでも母語と外国語の区別がつく、という話や、

なんでそれが分かるのかというと、おしゃぶりの強さで分かる(慣れ親しんだ日本語が聞こえてくると吸い方が強くなり、外国語になると弱くなる)、

みたいな話が次々紹介されます。

読みながら、つい「へぇ~」とか言いたくなります。

 

赤ちゃんは音の連なりを繰り返し聞くことで、徐々に意味のかたまりや単語を切り分けることができるようになる、という話も興味深かったです。

そしてそれは言語によって異なり、日本語の場合は、助詞や助動詞など、間に挟まる言葉を手掛かりに意味を切り分けていきます。英語であれば、アクセントが手掛かりになるそうです。

 

また、単語が分かってくるようになった後、その単語がものの名前をさすのか(名詞)、動作を表すのか(動詞)、性質や色を表すのか(形容詞など)、果たして赤ちゃんはどのようにそれらを理解していくのか、という内容も面白かったですね。

詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、赤ちゃんは「使われ方」から判断していくのだそうです。

例えば、直後に「が(格助詞)」の音がくる頻度が多いと、それは目の前のもののことを言っている、とか、「~た、~ている」の音が続く場合は、今の動きと関連している、など、そういうことを「経験的に」理解していく。

 

その過程で、様々な言い間違いが起こります。

大人からすれば可愛い言い間違い(ときには詩人のように思えることも)ですが、それは赤ちゃんが自分の理解で言葉の働きを探っている、そのあらわれです。

本書では、なぜそういう言い間違いが生まれるのか、などにも言及されていて、そちらも読んでいて楽しめました。

 

こういう話を、文法の授業の時に生徒に紹介したら面白いだろうな、と思いました。

言葉の獲得に格助詞がいかに大切か、動詞は活用することが肝心で、形容詞は活用語尾の「〇〇い」によって支えられている…など、文法用語を用いて説明することの意義や必要性も伝わるのではなかろうかと。

 

それにしても、赤ちゃんが、何も分からないところから失敗を繰り返し、言葉を獲得していくプロセスは感動的です。

うちの子はまだ4カ月で「あー」とか「うー」しか言いませんが、親の言葉を聞きながら理解しようとしているのでしょうか。

これからどう言葉を使い始めていくのか、楽しみです。

 

P4C(子どものための哲学)で学校はどう変わるか

先日、P4C(子どものための哲学)に関するオンラインイベントに参加しました。

ハワイの学校でP4Cの研究をされてきた先生による、研究報告会です。

 

なぜハワイ?と思れたかもしれませんが、ハワイでは以前からP4Cの実践が盛んにおこなわれています。

そして、日本での哲学対話の実践はハワイの実践の影響を大きく受けており(授業の流れや、コミュニティーボールを使うことなど)、交流も盛んなのだそうです。

 

報告会では、学校全体でP4Cに取り組んでいる小学校や高校の例が紹介されました。

授業の様子や、放課後の自主活動、生徒同士の交流など、学ぶところが多かったです。

 

異学年の交流などは、うちの学校でもやってみたいと思いました。

例えば、哲学対話にある程度慣れた上級生と下級生を混ぜたグループを作り、上級生が下級生をリードして活動を進めていく。

また、生徒の自主的な活動として哲学対話イベントを企画したり、次にどのような授業をするか教師と相談したりする生徒もいるそうです。

彼らは、哲学の波に乗る〝philoSURFER〟と呼ばれていました。

 

話の中で、P4Cををやることで学校はどう変わるか、という話題が出ました。

そして、その一つの答えが「先生のありようが変わる」というものでした。

 

これはすごく分かる気がします。

私自身、前任校、そして今勤めている学校(系列校です)でP4Cに取り組んできて、学校内でのふるまい、生徒への声がけ、授業のあり方など、ずいぶん変わったなと、振り返ってみて感じます。

 

一つ例を挙げると「聞き方」です。

以前までは、自分が何かを教えないと、ということであったり、問題行動のあった生徒に対しては何とかして諭さないと、という意識が先行していました。

結果、生徒の気持ちを置き去りにしているケースも多々あったと思います。

P4Cを学ぶようになってからは、その最初のところで「まずは生徒の話を聞こう」というところに意識が向くようになりました。

その結果、怒鳴ったり、一方的に怒ることもなくなったと思います(というより、最初に話を聞くと、その後で怒ったり、一方的に怒ることはできません)。

 

ちなみに、これは授業のやり方にも影響し、それまでの教師主導の授業スタイルから、大きく転換することにつながりました。

その後、IB(国際バカロレア)のカリキュラムで教えることになるのですが、最初のマインドセットは、P4Cを経験していたおかげで、スムーズでした。

 

 

良いことばかり書くとなんだか嘘くさく感じるかもしれませんが…私としてはP4Cに取り組んできてよかったなぁと思います。

同じように、P4Cをやることで先生のありようが変わり、先生と生徒の関係性が変わったり、先生と保護者の関係性が変わったりすることで、学校に良い変化が起きるといいなと思っています。

 

報告会で紹介された高校のP4Cの取り組みは、教育実習生2人から始まり、それが徐々に広まっていったそうです。

私の学校でも、生徒主体の哲学対話サークルや、文化祭での企画、保護者主催の哲学対話イベントなど(今日もそれの打ち合わせでした)、様々な派生形が生まれています。

自分が学生のとき、また勤め始めたときには、このような活動があるとは想像もしませんでした。

最初に哲学対話に出会ったときも(もう9年も前です)このような広がりが生まれるとは思いもよりませんでした。

 

報告会では、オンラインで100人以上の哲学対話に関心をもつ人が集まっていました。

こんなふうに少しずつ浸透し、広まっていくんだなと、今後が楽しみになりました。

 

発表された先生が、ハワイのP4Cの先駆け、Dr.Jの言葉を紹介していました。

その一つが、”Not in a rush.” 焦らないこと。

哲学対話で考えるときのように、ゆっくり、じっくり取り組んでいきたいと思います。

 

赤ちゃん用のマットを設置

つい先日、自分で寝返りができるようになったと思ったら、もう自分で頭を下げて持ち上げられるようになりました。

(まだずいぶん苦しそうですけど)


頭が大きいから大変そう…。


赤ちゃんの成長ってほんと目まぐるしいんだなぁと、感心します。


というわけで、ちょっと気が早いのですが、赤ちゃんマットを購入しました、


ここしばらくずっと近所のスーパーにしか行っておらず、それ以外の必要なものはAmazonに頼りっきり。便利な世の中で助かります。

マットも2日で届きました。


リビングに敷き詰めて設置完了。

これでいつ、はいはいし始めても大丈夫!

いつくらいに出来るようになるかなあ。