育児生活10カ月
今日で育児生活も10カ月目になります。
赤ちゃんを連れて外に出歩くのにも慣れてきたと思ったら、再びの緊急事態宣言。
家にこもって近所を散歩する生活に逆戻りです。
10カ月目になりましたが、赤ちゃんはつかまり立ちどころか、ハイハイもずり這いもまだできません。すぐにでもハイハイしそうだと思い始めてから早3カ月、今も寝転がってばかりです。
ずいぶん成長がゆっくりで…親に似たのでしょう笑
とはいえ、長時間座っていられるようになったり、ずいぶんコミュニケーションがとれるようになってきて、これまで一方通行だったぶん、一緒に遊んでいて楽しいです。
転がしたボールをキャッチして投げたり、こっちのやる動作を真似してみたり、いろんなことができるようになってきました。
こっちがリモコンでTVをつけようと構えると、つく前からテレビの方を振り返ったり、いろんなことが分かるようになってきているんだなぁと驚きます。
親が全力で遊んでくれているのかも丸わかり。いい加減に歌を歌ったりすると、すぐに不機嫌な声を出すので、手を抜けません。
今月中旬には保育園の通知が来るのですが、どうなることやら。
藤原さとさんの「『探究』する学びをつくる」オンラインセミナーに参加しました
先日の記事の続きになりますが、藤原さとさん、ドルトン東京学園の荒木貴之先生によるオンラインセミナーに参加しました。
こういう形で著者の方のお話を直接うかがうことができ、ありがたいです。
ハイ・テック・ハイの話だけでなく、勤務校でも応用可能な実践例や考え方など、とても勉強になりました。
本の紹介は前回の記事を読んでいただくとして、セミナーの中で印象的だった内容を書いていきます。
先生たちのコラボレーション
これはやってみたいなと思ったのが、プロジェクトチームを2つに分けて、文系の先生と理系の先生がペアで担当する、という方法です。
生徒はプロジェクトでぶつかった問題点に合わせて、両方の先生に相談できる。
担当する先生にとっても、自分の分からないことはペアの先生に任せることができ、そうすることでお互いに尊重し合えるのだそうです。
(同じ教科の先生とだと、いろいろ相手のやり方が気になっちゃったりするから。分かるなあ笑)
また、プロジェクトを計画するときも、分野の異なるペアの先生と一緒にやるそうです。たしかに、そのやり方だとアイデアが広がりそう。
IBのカリキュラムでも「学際的授業(教科横断型の授業)」が重要視されています。しかし実際には、なかなか話し合う時間が取れなくて苦労することに…。
まずは先生たちがゆっくり話し合える時間的余裕が必要です!(ここは強く言っておきたい)
藤原さんの、誰かの探究の定義をなぞるのではなく、自分なりの探究を大事にする、っていう言葉が印象的でした。
外的な理由でやらされるのでなく、まずは先生たち自身が、探究を楽しめるようになることが大切ですね。
上手くいっていないところを見せる
もう一つ印象に残ったのは、チームに分かれた子どもたちが、自分たちのプロジェクトで悩んでいることを相手チームに相談する、という活動。
上手くいっているところを見せ合うだけだと相手の話を聞かないけれど、上手くいっていないところを見せることで、お互いに優しくなれるのだそうです。
これもよくわかる気がします。
IBの学習者像には「心を開く人」「思いやりのある人」などがモデルとして示されていて、共通するものを感じます。
キーワードは「Kind, Helpful, Specific」、子どもたちにも覚えやすいですね。
構成主義、などと言われますが、荒木先生からの「構成」とは何か?という質問に対して藤原さんは、すべてを先生が見取るのではなく、子どもたち同士で認め合うことが「構成」だと説明されていました。この説明、とてもしっくりきます。
こういった考え方は、先生の側にも当てはまりますね。
プロジェクト学習では、先生も分からないことがたくさん出てきます。先生はそこで子どもと一緒になって学び、探究する。ときには自分が上手くいっていないところを生徒と共有する。
そういう関係性づくりが「構成」にとって大事なのでしょう。
発表会の位置づけ
生徒にとって部活の試合や発表会は、それが真剣な場であるという前提が共有されているのに、学びの成果の発表会はそうなっていない、という指摘がありました。
たしかにそうだと思います。
こういう状況をどう変えていくか。PBLの成果発表が真剣で、かつ楽しいものであるという学校文化をどう作っていくか。
現状をふりかえってみると、成績・評価などの外的動機付けに頼りすぎていないか、親が見に来るぞなど、発表会が脅しの道具になっていないか、反省することが多いです。
真剣に学ぶから楽しい、という気持ちに少しでも近づくような、そんなプロジェクトや発表会を考えていきたいです。
貴重な機会をいただき、ありがとうございました!
『「探究」する学びをつくる』これからの授業づくり、学校づくりのヒントが満載
昨年末に読んだ藤原さと『「探究」する学びをつくる』。
私の勤務校のように、「探究」や「プロジェクト」をやっている学校の先生は必読だと思います。
どんな本?
映画「Most Likely to Succeed」で評判になった学校、「ハイ・テック・ハイ」のプロジェクト学習について解説している本です。
学校で実際にどのようなプログラムが行われているのか、その実例やもとになっている考え方など、勉強になることばかりでした。
ちょうど話題になっていた時に映画を見逃したので、本書を読んでこんな内容だったら見ておけばよかったと後悔しています。どこかで上映していないかなぁ…。
軸が明確
先日記事で書いた『政治について話そう!』もそうなのですが、優れた実践をしているところはとにかく教育理念というか、軸が明確ですね。
ハイ・テック・ハイの場合は「公正(Equity)」です。
ここでいう「公正」とは、
誰もが、人種や性別や、性的な意識や、身体的、もしくは認知的能力にかかわらず、同じように価値ある人間だと感じとること(p.18)
と説明されています。
プロジェクトをただ行うのではなく、「公正性に向けての」プロジェクトであることが明確に示されています(p.33)。
驚いたのは、そのための方法が徹底しているところ。
入学者選抜を抽選で行い、地域や家庭での多様なバックグラウンドをもつ子供を積極的に迎え入れる。学年別のクラス分けなどは行わない。みんなでプロジェクトに携わる。
軸が明確だから、これだけ徹底して行うことができるのでしょうね。
美しく真正な学び
もう一つ、私が良いなと思ったのは「美しい学び」を大切にしているところです。
次の記述など、耳が痛い。
今の学校は、量をこなすことが求められるドリル問題、大量の暗記が求められるテスト、プレゼン発表と同時にゴミ箱行きになる成果物などで溢れているのが実情である。しかし、一度社会に出ると、当然のことながら、ゴミ箱行きと分かっていて真剣にプロジェクトに取り組む大人はまずいない。(p.39)
大量のプリントを刷って、生徒に渡しまくっている自分の授業を思わず反省してしまいました。
学校のいたるところに生徒の作品が飾られているそうで、そういう環境づくりから生徒の美意識を高めるのって大事だなと思います。
プロジェクトの進め方
本書では、ハイ・テック・ハイのプロジェクト学習を以下の9つの要素で説明しています。(p.84~86)
1.プロジェクトの開始
2.本質的な問い
3.アイディア出し
4.批評
5.学習スキル・知識・学習態度
6.プロトタイプと修正
7.発表会
8.評価
9.振り返り
一読して、IBの授業づくりや個人探究(パーソナル・プロジェクト)とよく似ているなと思いました(発想や目指す方向性が同じなのであたり前かも)。
本質的な問い
とくに「本質的な問い」(IBの授業では「探究テーマ」に当たる?)の重要性がこここでも示されています。
プロジェクトの中心にどのような問いやテーマを設定するかで、生徒の学びの方向性が決まります。逆に言うと、この部分が定まっていないと、何のために行っているのか良く分からないプロジェクト、発表や外部に見せることが目的化してしまったプロジェクトになってしまう可能性があり、注意が必要です。
「本質的な問い」の条件は、本書では次のように説明されています。(p.88)
1.広範で、革新的な思考、そして何層にも重なる探究を促すもの。
2.簡単には答えが見つからないもの。
3.生徒の想像力を捉えるもの。
4.仕事や研究、個人的もしくは家庭的な生活で問われるもの。
この観点大事!
教師の働き方
効果的なプロジェクトを行う上で、一番大切なのが先生たちの自由度。
「ハイ・テック・ハイは公立でありながら、指導書がありません。「何を」「どのくらい」教えるかは、それぞれの先生の裁量に任されています。だから授業をつくり出す先生たちは「次のどんな授業(プロジェクト)をさせようか」と、いつも目をキラキラさせながら考えています。(ハイ・テック・ハイに留学した岡さんのコメント、p.168)
これはすごく分かるなぁ。
私もIBのプログラムに初めて取り組んだとき、あまりの自由度の高さにびっくりしました。逆に、それまでいかに教科書(と指導書)に頼っていたのかを思い知らされました。
IBの規定や学校の制約がいろいろあるので、この学校のように「キラキラ」とまではいきませんが、授業づくりの面白さについてはずいぶん分かるようになってきたところです。
ハイ・テック・ハイでは、評価のやり方もそれぞれの先生に任されているそうです。これも驚きました。それだけ一人一人が信頼されているということでもありますね。
年々、学校でやらなければならないことが増え続け、どんどん縛りがきつくなっているように感じます。
積極的に縛りを緩め、自由裁量を増やしていくことの重要性は、教師も生徒も同じかなと思います。
自分たちのやりたい教育の軸を見定めて、もっと自由に、もっと教師と生徒が一緒に学びを楽しめるような学校を作っていきたいです。
今月、著者の藤原さんの勉強会にも参加させてもらう予定です。楽しみだなー。
『政治について話そう! スウェーデンの学校における主権者教育の方法と考え方』翻訳プロジェクトに感謝!すごくいい本でした
クラウドファウンディングで支援していた本が年末に届き、読んでみたところ素晴らしい内容でした。
すっかり興奮して、ほとんどやったことのない一人読書会を連続ツイートしたりもしたのですが、ブログの方にもまとめておきたいと思います。
クラウドファウンディングで支援していた本が昨日届いたので、さっそく読んでみたいところ、あまりに素晴らしい本だったので興奮している。 pic.twitter.com/7qEuwkMHaX
— Kohei Seki (@bokuto_kohei) 2020年12月30日
どんな本?
スウェーデンの主権者教育がテーマなのですが、政治を素材にしたメディアリテラシーの授業実践例が豊富にあって、めちゃくちゃ勉強になります。
IB、とくに言語と文学を教えている先生にとっては、とても参考になる本だと思います。
スウェーデンの若者の投票率は、2018年の総選挙で85%だったそうです。日本は50%いかないくらい? その高い投票率を支えているのが主権者教育。
「スウェーデンでは、学校に政治家を招くことが国の方針により奨励」(p.4)されていて(この時点で日本とは大きく違いますね)、その政党を学校に招くという活動をどうやれば上手くできるのか、スウェーデンの若者政策を担当する省庁が教員向けに作成した教材が、今回の本の原著です。
民主主義を教える
学校は、民主主義や人権について教える場である、という軸がとにかく明確。
民主主義を教えるということは、民主主義とは何かを教えるだけでなく、実践で示すことでもあります(p.10)
この指摘は耳が痛い。日本の学校でも民主主義は教えられていますが、校内で行われていることは本当に民主的か疑問です。
学校は価値中立ではない?
本書で一番しびれたのが「学校は価値中立ではない」という一節。
学校が価値中立ではないという事実が意味するのは、学校内で広まる価値観について、学校では常に民主主義的な価値観の側に立つ、ということです。
(中略)生徒は、さまざまな人々の権利に対して、時には民主主義的でない意見や考えを持つかもしれません。しかし、学校は核となる民主主義の価値においては中立的な立場ではなく、民主主義の価値に立脚し、民主主義の価値を伝えることを務めとします(p.17)
独裁や差別的な価値観も一つの価値観だとした上で、学校は「価値中立」でなく常に民主主義の方に立つ。ここまでシビアに考えるんだと驚きました。日本で言われる「政治的中立性」がぬるいものに思えてきます。
そして、この「基礎となる価値観についての学習」が浸透していれば、生徒自身が差別的な発言に対して批判的に判断できるようになる、というのが根底にあります。
豊富な授業実践例
ここまでが第1章のいわば理論編で、2章以降は実際に政党(政治家)を学校に招いてどういう活動ができるかの実践例が事前準備や評価も含めて豊富に紹介されています。
それは例えば、ディベート、哲学的な対話、ホットシーティングなど、日本でも馴染みのある活動なのですが、これを政治家と一緒にやります。
しかも生徒が運営することが前提の活動です。たとえば、「タイムキープをする生徒を決め、質問に対する政治家の回答が長すぎるときにはストップと言ってもらいます」(p.50)などとさらりと書いてあるのですが、日本の教室でできる気がしません(笑)
国語の授業でやってみたいのは「政治家が言いたいことは?」というエクササイズ。政党が出しているもの(ポスターやHP)、テレビで放映されたディベートなどを批判的に分析、検証します。
このあたりは、IB「言語と文学」と通じるものがあります。目指している方向性が似ているのでしょう。
生徒への問いかけ例もたくさん載っていて、問い作りの勉強にもなります。
例えばこんな感じ。
―メッセージを通して、彼らは私たちにどう思ってほしいのでしょうか?
―彼らはどのような世界を目指しているのでしょうか?
―メッセージの基礎にどのような事実を置いていますか?(p.48)
自分が普段授業で扱っている問いと、そもそもの発想が違うということに気付かされます。
Twitterを使いましょう。ディベート用のハッシュタグをつくることで、生徒たちはTwitterでディベートについてディスカッションすることができます(p.68)
とかがさらりと書いてあります。国の機関がこういうことを当たり前に書いてくれるなんて、良いなあと思いました。
その他、ディスカッションのテーマなども豊富に載っていて、生徒に今の政治や現実社会に目を向けさせるにはこう促せばよいのかと勉強になりました。
面倒なことを避けない
政党を招くことへの批判は、スウェーデンでも起こってるようです。そのことについて、印象的なコメントが掲載されていました。
この、面倒なことになるのを避けようとするやり方は大変危険だと思うのです。なぜならそれは、社会の中に息づいている政治的な問いかけや道徳的な問いかけが学校の中で問われず、生徒たちや若者がそれを議論する可能性を手にしなということを意味するからです。(p.94)
最後は原文ママです。(手にしない、かな?)
学校の現状、政治の現状を見るにつけ、この「面倒なこと」をずっと避けてきてしまったんじゃないかなと思わずにはいられません。
書籍情報
スウェーデン若者・市民社会庁(MUCF)【著】両角達平・リンデル佐藤良子・轡田いずみ【訳】『政治について話そう!スウェーデンの学校における主権者教育の方法と考え方』
出版社のサイトから注文できるようです。
訳者の方がブログで、出版までの経緯をまとめていらっしゃいます。
(私のツイートも掲載していただきました)
この本で読書会したいなー。
新年の抱負
明けましておめでとうございます。
毎年新年の抱負を掲げすぎてしまうのですが、今年もいろいろあります笑
国際バカロレアの授業づくり
IB教育に関わり始めて6年になります。その関係で、多くの仲間と出会い、たくさんの学びを得ました。
まだ国内では実践事例が少なく、特に一条校でどう実施していくのかについては試行錯誤が続いています。
私も勤務校での実践を通して、IB教育の可能性についてさらに発信していきたいと思っています。
執筆活動&販促活動
今年の春と夏に、去年から制作していた本が出る予定です。
またこのブログでもお知らせしますが、どちらも気合入れて作っているので、ぜひ広まってほしいなぁと思います。
しばらくリアルでのイベントはできそうにありませんが、オンラインでの販促イベントなどを企画していきたいですね。
読書と発信
授業の中で、これまでにいろんな実践をやってきましたが、なんだかんだいって一番効果的なのは、自分が読んだ面白い本について生徒に語る、という単純なことだと思います。
ただ、忙しくなってくると自分が本を読めなくなったり、生徒にそれを面白く語る余裕が無くなってきます。(育休前の何年間は、ほんとそんな感じになってしまっていました)
国語を教えていて、本を読む面白さを伝えられないのでは情けない。
初心に戻って、自分が読む→生徒に伝える、を継続していこうと思います。
同時に、ブログやTwitterでも発信していきたいな。
学校以外の活動
昨年は、オンラインイベントにたくさん参加させてもらいました。
コロナ下でも、このように気軽にイベントができるようになったというのは良かったことかなと思います。
私自身も、チョークトークカフェという名前で哲学カフェをスタートさせました。今年も続けていきます。
それ以外に、働き方改革や学校改革に関して、自分でももう少し行動できないかなと考えています。(このあたり内田良先生や斉藤ひでみ先生のイベントに何度も参加している影響が多きいですね)
一番気になってるのは、教員免許更新制度について。一度問題点を整理してみたいです。
生徒に社会貢献という前に、まずは自分が社会貢献しないと。
家族と自分の健康第一
…とまあ欲張って書いていますが、あんまりやりすぎると、また自分が身体をこわすのは自分でよくわかっています。
最近は、家にずっといてコロナうつ?なのか(まさか育児ストレスではないと思うけど)気分の浮き沈みが激しく、落ち込みやすくなりがち。ただでさえそういう傾向があるので、うまく付き合っていなければいけません。
無理することなく、自分のペースでやっていきたいです。
それでは、今年もどうぞよろしくお願いいたします!
2020年のふりかえり
赤ちゃんも寝たので、今年は字幕で紅白を観ています。
2020年のふりかえりを書いてみたいと思います。
今年は、コロナ禍の中での育休というかなり特殊な一年となりました。
ずっと家で過ごす
育休が始まる前は、家族でお出かけしたり、たまに友達に会ったりとそんな生活を想像していましたが、まったくあてが外れましたね。
万が一にも家にウィルスを持ち帰るわけにはいかないということで、4月以来、ほとんど家にこもりっぱなしの毎日でした。
ストレスのたまる生活ではありましたが、赤ちゃんのためには良かったのかなと思います。
こんなに長期間仕事から離れることがなかったので、今までの生活とのギャップで気持ちが落ち着かなくなったり、ずっと家にいることで妻と些細なことで言い合いになったりと、そういうマイナス面もありました。
あんまり本が読めていない
ずっと家にいるぶん、積読だった本を消化したり、新しい本をどんどん読んだりできるのではという期待があったのですが、結果的にはあんまり読書はできませんでした。
仕事をしている時と同じか、ちょっと少ないくらい?
単純に、1人で過ごす時間が圧倒的に少なくなったというのが主な原因です。
赤ちゃんの面倒でまとまった時間が取れないことと、妻に赤ちゃんの面倒を見ていてもらって、その間ひとりで本を読むというのはなかなかやりづらい…。
生活を見直した
この一年で自炊をするようになりました。
独身の頃はほぼ毎日外食、結婚してからは妻に作っていてもらっていたのですが、育休中は妻が赤ちゃんの離乳食担当、私が毎日の食事担当という分担になりました。
これが今年一番良かったことかな。
バランスよく3食食べるようになって、体重も落ち、健康を意識するようになりましたね。
執筆活動
ありがたいことに、今年も本を作る活動に携わることができました。
もうすぐ発表できると思うのですが、来年に新しい本が出ます!
仲間と一緒にいま執筆&校正中です。
ぜったい良い本になると思うので、ご期待ください!
来年に向けて
良かったこと、悪かったこと、いろいろありましたが、ずっと家で過ごしたことで、これまで自分がやってきたことをふりかえることができました。
今まで仕事の忙しさに紛れて、しっかり考えてこなかったことや、自分の心の内面とも
向き合うことができ、それはそれで辛いものがありましたが、必要な時間だったのかなと思います。
教員生活は16年目。来年は40歳になる節目の年です。自分の教員生活は後半戦にさしかかります。
ようやく自分がやりたいことや、その軸のようなものが見えてきたところです。
来年はとにかく実践と発信を心がけて行きたいと思います!
ブログを読んでくださりありがとうございました。
来年も継続して書いていきますので、よろしくお願いいたします!
第2回チョークトークカフェ
先日、2回目のオンライン哲学カフェを開催しました。
テーマは「主体性」で、しらす先生にゲストスピーカーとして話題提供をしていただきました。
お話の内容としては、先生ご自身がブログでまとめてくださっています。
主体性をいろいろな角度から整理されていて、大変参考になりました。
当日は17人の方にご参加いただきました。
全員で問いを出し合い、多数決でみんなで話し合いたい問いを決めます。
その日は、
「主体的な学習にはどんなものがあるのか」
「主体性が身についたとはどのように評価するのか」
という問いが選ばれました。
対話を通していろんな意見が出たのですが、
・主体性といっても、人間が生まれながらにもっている主体性と、課題の目標が決まっていてそれを積極的に取り組もうとする主体性とに分かれるのではないか(後者は自己調整能力といってよい)
・日本の教育は主体性と言い過ぎなのでないか、海外の学校では主体的に学ぶなどとあえて言うことはない、当たり前のことだから(これは海外のインター校で教えていらっしゃる先生からの意見)
・そもそも学校で本当に主体性を発揮できる機会がどれほどあるのか
・評価を取り入れた場合、教師にとって都合のよい主体性ばかりが求められるようになるのではないか
といった意見が印象に残っています。
哲学カフェに参加された方で、さらに記事を書かれた方もいらっしゃいました。
このようなきっかけとなるイベントができてうれしいです。
今月から始めた教育をめぐる哲学カフェ、来年も継続的にやっていこうと思います。
テーマや日程は未定ですが、このブログでも報告していく予定です。