漫才を分析してみよう
「笑い」の分析、という単元をやっていますが、生徒の活動の参考になるように、自分でも漫才の分析をしてみました。
取り上げるのは、先日紹介したパンクブーブーの漫才「万引き」です。
前半部分の文字起こしをしてみます。
佐藤 僕もこの間、コンビニで犯罪に巻き込まれましてね。
黒瀬 えっ? マジで? 大変じゃん、それ。大丈夫だった?
佐藤 最初俺がね、本を立ち読みしてたの。で、ぱっと気が付いたら、若い兄ちゃんが万引きしてたの。
黒瀬 うわー。何でそんなことするかね。
佐藤 だから俺は、①おい何やってんだ!って言うタイミングをうかがってたのね。
黒瀬 あ、タイミングをうかがってたんだ。言ってはないのね。
佐藤 言ってはない。
そしたらその兄ちゃんがよ、②てめえさっきから何じろじろ見てんだよ、っていう表情を浮かべてきたんだ。
黒瀬 あ、表情を浮かべてきたんだ。言ってはないんだ。
佐藤 だから俺も完全に③ブッチーンって言ったんだ。
黒瀬 あ、それ言ったんだ。
佐藤 そしたらその兄ちゃんがいきなり振り返って、④俺の顔面をボコッて殴ってくる可能性もあるじゃない。
黒瀬 あああ、あるよ。
佐藤 だから俺もどうしようかなと思ったんだけど、⑤「ここで俺がやらなやきゃ誰がやるんだ」っていう本を棚に戻して…
黒瀬 あ、本のタイトル。思ったわけじゃないんだ、本のタイトル。
佐藤 で、兄ちゃんをにらみながら、⑥ゆっくりとその本屋を出て、兄ちゃんのいるコンビニへと入って行った。
黒瀬 店、別?
この漫才が面白いのは、語りの性質を活かして、聞き手の想像を自在に操っているところです。
ボケ担当の佐藤が語り手となり、ツッコミの黒瀬が聞き手、オーディエンス(客)は黒瀬と同じ立場で佐藤の語りを聞くことになります。
この佐藤、本人に悪意はないのですが、語りの順番や声のトーンがずれているため、頻繁に聞き手をミスリードします。
小説で言えば、佐藤は信頼できない語り手です。
例えば、①②では、声を荒げたり、声色を作ったりすることで、聞き手は実際に言ったんだろうなと想像しますが、すぐ直後に「って言うタイミングをうかがっていた」「っていう表情を浮かべてきた」と続くことで、実際には発言がなかったと分かり、最初の想像がひっくり返されます。
③は逆のパターンで、「ブッチーン」という擬音語を用いて、聞き手に「…と頭にきた」といった決まり文句を想像させておきながら、「って(実際に)言ったんだ」とつなげます。聞き手は予想と違ったナンセンスな行動が突然想像され、笑ってしまいます。
④も、①②と同じパターン。「ボコッ」という擬音語と、身振りで殴られたんだと想像させつつ、まだ「可能性」の段階。
⑤では、声のトーンを変えて感情を込めたように「ここで俺がやらなやきゃ誰がやるんだ」という言葉を発しますが、「という本を棚に戻して」と続くことで、立ち読みしていた本のタイトルだったと明かされます。冒頭で立ち読みしていたという台詞がここの伏線になっていました。
⑥の一言は、これまで聞き手が想像していた場面設定そのものをひっくり返すダイナミックな仕掛けです。これまで同じコンビニ内の話だと思っていたものが、この一言を聞いた後、まったく異なる場面設定が浮かび上がります。
語りによって、聞き手の想像を裏切り笑わせる、という手法は落語にも良く使われます。
「ちゃんと顔をあらって、ご飯を食べて、それから出かけなさい。まだ時間があるん だから」
「わかった、わかった。おーい、水がねぇぞ」
「たんす開けたって水があるわけないだろ。流しに行かなきゃないんだよ」
「本当に嫌ンなっちゃうな。人間やめたくなっちゃうな。おーい、いくらやっても水がたまんないぞ」
「それはざるじゃないの」
(古今亭志ん朝「堀之内」)
そそっかしい亭主と女房のやりとり。亭主の発言だけだと常識的な想像が働きますが、その後の女房の言葉から、亭主がナンセンスな行動をとっていたことが分かり、最初の想像がひっくり返されます。
(この手法、何か名称はあるのでしょうか?)
パンクブーブーの漫才の作者(佐藤)は、言葉をどういう順番で提示すれば、聞き手がどう想像し、どうその想像をひっくり返すことができるかを周到に計算しています。
数分という短い漫才の中で、聞き手に想像させ、それを裏切って、というサイクルをたたみかけます。またそのひっくり返し方は、後半になるにつれてテンポが上がり、ダイナミックになっていきます。
その流れに乗せられ、オーディエンスの笑いもどんどん大きくなり、気持ちよく騙されたという爽快感まで感じる漫才になっています。
・・・と、こんな感じで生徒が分析して、発表してくれたら楽しいなあ。