【読書】『線は、僕を描く』小説を読んで想像する面白さを存分に楽しめる
私も書道を習っているので、水墨画がテーマの小説ってどんなんだろうと期待しながら読みましたが、期待通り、面白い小説でした!
主人公の青山霜介は、両親を交通事故で亡くし、生きる目的を見出せないまま大学生活をスタートさせます。
ある時水墨画の展覧会設営のバイトで、水墨画の大家篠田湖山と出会います。
2人で絵の感想を話し合っているうちに、霜介の絵を見る眼を気に入った湖山は、霜介を内弟子にします。
そして、水墨画を描くことで、霜介は生きる意味を取り戻していく――。
あらすじはこんな感じです。全体的に暗い話ではなく、
大学生のサークル活動や恋愛模様が描かれたりして、テンポよく話が進んでいきます。
私がこの本でひかれたところは2つ。
1つ目は、味わい深い師匠の言葉です。
水墨画の巨匠である篠田湖山ですが、いかめしい感じではなく、むしろ親しみやすいおじいちゃんみたいなキャラクターで描かれます。初心者である霜介に絵を教えるのですが、そこで語られる言葉が実にいいんですね。
「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ。」
「おもしろくないわけがないよ。真っ白い紙を好きなだけ墨で汚していいんだよ。どんなに失敗してもいい。失敗することだって当たり前のように許されたら、おもしろいだろ?」
「才能やセンスなんて、絵を楽しんでいるかどうかに比べればどうということもない。」
「絵にとっていちばんたいせつなのは生き生きと描くことだよ。そのとき、その瞬間をありのままに受け入れて楽しむこと。水墨画では少なくともそうだ。筆っていう心を掬いとる不思議な道具で描くからね。」
「ともかく最初は描くこと。成功を目指しながら、数々の失敗を大胆に繰り返すこと。そして学ぶこと。学ぶことを楽しむこと。失敗からしか学べないことは多いからね。」
挑戦すること。失敗を恐れず、むしろ楽しむこと。
これは水墨画に限らず、どんな趣味でも、仕事でも同じでしょう。
湖山先生の言葉に読者も霜介と同じようにはっとさせられ、元気がもらえると思います。
2つ目は、絵を描くときの緊張感です。
書道も同じなのですが、墨で書く以上、間違えたり失敗したら書き直しはできません。
だから緊張するし、真っ白い紙に向かって書き出すときには勇気がいります。
その心の動きや、細やかな筆の動きを、この小説は言語化しています。
例えば主人公が花を描くシーン。
気持ちを新たに、薄墨を穂先に含ませ、さらに一ミリ以下の先端に濃度の違う濃墨を含ませる。その筆を、花にそっと触れるようなわずかな力で揺らし、筆の繊維の中で、さっき筆を洗ったときに含んでいた薄墨と、いま含んだ濃墨を溶け合わせる。生命感はその筆の繊維の中の細かな動きで生まれてくる。最小単位のグラデーションだ。
僕はその筆を画面の上にそっと乗せる。
すると、筆の中の墨は筆の中から紙の上に動き、みずみずしいその姿を現す。水に溶け、命を模した墨が、真っ白な最小限の現象のほうへ移動していく。現象の中に新しい生命が生まれる。
それが花びらだ。
このようにして絵が描きあがるわけですが、小説なので当然その絵は見られません。
あとは読者の想像力次第。
主人公が才能の片鱗を見せつけた蘭、ヒロイン(湖山先生の孫で、超美人の絵師)が描く椿、湖山先生が当代一の技巧を見せた絵など、すべては読者の頭の中で想像されます。
芸術をテーマにした小説は、ここが面白いですね。
映画や漫画だと、そこに実際の作品が登場してしまうので想像の余地はありませんが、小説だと、頭の中で自分の理想的な絵画や音楽を勝手に想像して楽しむことができます。
今回の小説も、作品中の様々な人物によって描かれる水墨画を想像し、その面白さを堪能することができました。
ちなみに、作者自身が水墨画家なのだそうです。
この本にはユニークな仕掛けがあったて、帯についているQRコードを読み取ると、作者自身による絵を描いている動画や、作品を見ることができます。
最初に動画を見てしまうと想像が限定されてしまうので、まずは小説を読んで十分想像を楽しんでからをオススメします。
その後動画を見ると、小説から描く際の心境や、描き方の知識を得ているため、絵の見方がずいぶん変わっていることに気づきます。