Senobi

私立の中高一貫校で国語を教えています。IB=国際バカロレア、RW=Reading Workshop、WW=Writing Workshop、P4C=子どものための哲学

オンライン授業で考えた教員の役割について

オンライン授業を通して、教員の役割について改めて考える機会になりました。

 

数年前に、ドバイの進学校(高校)の例を教えてもらったことがあります。

そこでは、クラスに集まった生徒たちが、オンラインで大学の教授から直接教わっていました。(たしかイギリスの大学の先生で、文学の授業だったと)

他の専門的な科目も、同じように様々な先生からオンラインで習っているそうです。

ではその学校で実際に働く先生は何をするかというと、

一人一人の学習の計画や進捗状況をチェックしたり、できていない生徒のサポートをしたり、という仕事を行うのだそうです。

まあ、これは一部のお金のある学校の取り組みだとは思うのですが、

いずれ日本の学校もこんな風に変わっていくのかなぁとその時は思いました。


教科指導のことだけを考えてみても、

話すのが上手く講義の得意な先生

膨大な知識量の先生

対話型の授業スタイルが得意な先生

生徒の話を聞くのが上手い先生

など、いろんなタイプが考えられます。


私も昔は、50分一方的にしゃべり倒して、それでいて生徒が集中して学んでいる、その科目が好きになる、そんな授業スタイルに憧れていました。

講義ノートを作ったり、録音したり、なんなら間に入れる雑談の内容を事前に考えたりしていた時期もありました。

また、そういうのが「良い授業」だという価値観の人が多かったように思います。

 

私の場合は、そうやっていろいろ試していてもあまり納得のいく授業が出来ず、

そんな中で対話型の授業スタイルに出会い、そっちの方が自分に向いているな、とシフトしていきました。


最近では、様々な授業スタイルが紹介され、情報も充実して、自分の好みや特性(またはなりたい教師像)に合わせて選べるようになっています。

講義形式を極めたい人はそれでいいし、

ファシリテーション型や、生徒と一緒になって探究することもできます。


ただ一方で、従来の価値観のままに、講義形式にとらわれている姿もよく目にします。

(一方的な授業をしているが、生徒の多数が寝ている、など)

今回、オンライン授業をしよう=授業の動画を撮って配信しよう、という動きにすぐなってしまうのも、そういう従来の授業観に引きずられているのかもしれないと思いました。


授業動画の配信を否定するわけではありませんが、自分の場合は数十人を、一定時間満足させる映像コンテンツは作れないだろうなと思ってしまいます。


今回のような非常事態では、自分の受け持ちのクラスを自分でなんとかしようとするのではなく、

教科内で連携をとり、

講義形式が得意な先生、映像編集の得意な先生、ファシリテーションの得意な先生、生徒の相談にのるのが得意な先生、アイデアを出すのが得意な先生など、

各先生の得意分野を中心に仕事を振りわけ、

効果的に乗り切る方法をとっていく必要があります。

もしチームの中に映像授業の得意な人がいなければ、無理して自前で作る必要はありません。すでに多数のコンテンツが公開されています。たくさんの時間と労力をかけて慣れない映像コンテンツを作るよりも、既存のものをどう組み合わせると生徒にとって良い学習になるかを考えていった方が効率的です。


また、こういった発想で役割分担をしていくことは、オンライン授業に関わらず、普段の仕事の中でも有効だと思います。

学年内、教科内にいろんなタイプの先生がいて、それぞれの強みを活かして生徒と関わっていく、そういう組織づくりをしていきたいです。