【読書】『文学のトリセツ』
長年「国語」を教えてきましたが、「文学」を教えてきたかと言われると、とてもそうだとは言えません。
「山月記」「こころ」といった文学作品を扱ってはきましたが、それがはたして「文学」を教えることになっていたかどうか。
ふりかえってみれば、内容理解や作品の読解で止まっていたように思います。
そんな私が、今勤めている学校では、国際バカロレアの授業を担当することになりました。
日本でいう「国語」にあたるのが、国際バカロレアの「言語と文学」です。
(もう少し詳しく言うと、中学校・高校1年では「言語と文学」、高校2、3年では「文学」と「言語と文学」の科目に分かれます)
教科名の通り、中学校から「文学」を学ぶのです。
いざ「文学」を教えるといっても、自分が大学で文学を学んできたわけでもなかったので、イメージがわきません。
国際バカロレアが出しているガイドブックを読んだり、ワークショップに参加したり、最終試験の問題を分析したりして、四苦八苦しながら授業づくりを模索していました。
いろいろと文学理論に関する本も読みました。
読んでいけば当然、知識的な部分は増えていきます。
けれど、それぞれの文学理論がどう作品の読み方を変えるのか、またそれらの理論をどういうふうに授業に反映させればいいのか、といったところがどうも掴みきれずにいました。
前置きが長くなりましたが、今回読んだ小林真大『文学のトリセツー「桃太郎」で文学がわかる!』(五月書房新社)には、まさに今自分が知りたい内容がつまっていました。
この本でとくに分かりやすかったのは、各文学理論の問題点と、理論同士のつながりが述べられているところです。
それぞれの文学理論がどのようなものかを説明する入門書はいろいろあります。
本書では、それだけでなく「脱構築批評の問題点」など、それぞれの理論に足りないところ、そしてなぜ新しい理論が誕生したのか、といったところに十分な記述を割いてくれています。
各理論の「間」の理解を得たことで、それぞれにどういう意味や価値があるのかがわかってきました。
もう一つ、授業者という点でとても参考になったのは、一つの作品を様々な理論を使って批評していく実際の例が載っているところです。
基本的には、タイトルにあるように「桃太郎」を、それぞれの文学理論を使って批評してみせてくれます。
たしかに、一部桃太郎では無理を感じるところもあるのですが…読者の分かりやすさを優先したということでしょう。
それを補うかのように、最終章では『異邦人』を取り上げて、それぞれの理論を適用するとどのように批評できるかを紹介しています。
この章ではありがたいことに、文学理論を作品に適用する際の「問い」の例が多数記載されています。
例えば、フェミニズム批評を適用したい場合は、
・作品に登場している男性と女性はどのような人物か?
・作品には「男らしさ」や「女らしさ」といった伝統的な観念が存在しているか?
・作品において、女性差別の構造はどの程度現れているか? (p.256)
といった問いが挙げられています。
これまでどうしても、教科書に掲載されている作品ベースでばかり問いを作ってきたものですから、このような問いの設定は「国語」の教師としてはとても新鮮に映ります。
こういう問いについて生徒と考えていくことで「文学」の授業になっていくんだなと、学習活動のイメージがわいてきました。
同時に、本書を読んだことで、
なぜ国際バカロレアのカリキュラムには様々な要件があるのか(複数の時代の作品を読む、翻訳文学を必ず含む、など)、
なぜ最終試験ではこのような問題が出るのか(国や地域の異なる2人の人物が同じ作品を読んだとき、その読み方がどのように異なるか論じなさい、など)、
その背景となっている考え方も分かってきたように思います。
それにしても、例証として挙げられている本の種類の豊富さ…。
普段どのような授業をしていらっしゃるのか、どこかでお会いする機会があれば、学ばせてほしいものです。
これからの授業づくりが楽しみになる一冊でした。