Senobi

私立の中高一貫校で国語を教えています。国際バカロレア、子どものための哲学、ワークショップ型の授業づくりに関心があります。

今週の名文(11)

パロディは、人々が権力に向き合うときに手にできる小さいけれど、強力な「武器」になり得るものです。武器を自ら捨ててはいけない。

グレゴリー・スターのことば(714日朝日新聞より)

 

東京オリンピックのエンブレムと新型コロナウィルスを掛け合わせたデザインが炎上し、ニュースでも取り上げられた。彼はそれを表紙に使った会報の編集長だ。

(その後、協会が表紙デザインを取り下げ謝罪したことに抗議して辞任。)

記事内では、デザインを批評性のあるパロディー作品だと評価し、表現の自由のために争うこともせず自ら引いてしまう態度を批判する。

IBの授業では、風刺やパロディー作品も分析のためのテクストとして教材としてよく使うが、国語の授業で扱うことは少ない。

こういった線引きの難しい素材について議論したり、自分の考えをもつことで、国語の授業でも実社会とのつながりを作っていくことができるだろうと思う。

 

 

 

映画はとんでもない所からオリジナリティーが生まれるから面白いんだよ

行定勲が、大林宣彦からの言葉を紹介して(716朝日新聞夕刊インタビュー記事より)

 

どんな逆境でも、その中で、その制約を面白さに変えて作品を作る。(三谷幸喜も新作「大地」のインタビューで、同じことを話していた)

同じ記事で、

「アイデアが浮かんでしまったらもうやるしかない。『演劇は何だってできるんだ』という主人公の思いに応えたかった。『映画だって何だってできるんだ』って」とも語っている。

これもよく分かる。授業アイデア、思いついてしまったらとりあえずやるしかない。

 

 

 

殺されるッて分かったら? 馬鹿ァ、何時だ、それア。ーー今、殺されているんでねえか。小刻みによ。

蟹工船』より

 

〇先日、教師の働き方改革についてのオンラインイベントに参加した。

蟹工船」と重ねるのはどうかとも思うが、おかしいことをきちんとおかしいと言い続けるのは大事だ。