Senobi

私立の中高一貫校で国語を教えています。IB=国際バカロレア、RW=Reading Workshop、WW=Writing Workshop、P4C=子どものための哲学

IBの指導方針ってどういうもの?~国際バカロレア入門⑤

国際バカロレアのカリキュラムでは、使命を達成するために、さまざまな方法がとられています。

前回紹介した「10の学習者像」は、目指す方向性を教師と生徒が具体的にイメージし、共有するためのものでした。

 

IBは、教師の子どもたちに対する指導方針も明確に定めています。

それが「指導の方法」という項目です。

「指導」という言葉を聞くと、教師主導で一方的な印象を受けますね。公式の訳がそうなっているので使っていますが、実際は一方的とは真逆です。英語では「Approach to Teaching」です。

 

「指導の方法」の内容は?

IBのガイドブックには「指導の方法」として次の6つが挙げられています。

・探究に基づいている―探究を構築し、維持するために好奇心を刺激する

・概念主導である―新しい文脈に転移できる概念を通じて学習設計と指導を行う

・文脈に基づいている―個々の科目の枠をこえて関連性をもたせる

・協働である―効果的なチームワークと目的のある、あるいは生産的な協働を促す

・差別化されている―多様な学習者に学習へのアクセスを提供する

・評価情報に基づいている―学習の評価と、生徒の学習を促す評価とのバランスを保つ

  『MYP:原則から実践へ』(p.83)

IBには教科書がありません。指導書もありません。

教師は自分で使いたい教材を選び、単元を組み立てていくことになるのですが、その際に意識しなければならないのが、この6つのアプローチです。

各学校ごとにカリキュラムの自由度が高いぶん、IB校として根っこの部分を統一するための項目だと考えられます。

 

「指導の方法」を読み解く

1つ目の項目では授業で「探究」をすることが明記されています。そのために教師は、生徒の興味や好奇心を刺激するような素材や問いを用意しなければなりません。

 

2つ目、3つ目の項目では「概念学習」と「文脈」に基づいたアプローチが求められています。

簡単に言うと、教科に関する知識の暗記で終わるのではなく、教科の枠を超えて考えたり、学んだことと実社会とをつなげて考えたりできるように、生徒の視野を広げ、抽象思考を促す取り組み、ということでしょうか。…これでも難しいですね。

本の学校に馴染みの薄いアプローチなので、私も理解するのに苦戦しました。

またいずれブログでも取り上げるつもりです。

4つ目は協働学習について。これは日本でも盛んに行われていますね。

次の「差別化学習(differentiation)」についてや、最後の評価についての内容も、話し出すと長くなるので、また日を改めて紹介したいと思います。

 

「指導の方法」を共有するメリット

なぜわざわざこのような方法をとるのか。こうすることで、足並みをそろえることができるというメリットが考えられます。学校単位はもちろん、世界中で、です。

IB校は世界各地にありますが、教育環境や教師の価値観はさまざまです。そこで指導方針を明文化しリストにして共有することで、IB校を名乗るのならこれは守ってくれよと、いわば強制力を持たせているわけです。

自分は講義型の一斉授業スタイルが好きだからといって、ひたすら教師が話し続ける授業を続けてはいけません(全くやってはいけない、ということではなく、年間のほとんどがそれではだめだ、ということです)。

 

学習指導要領と比べてみましょう。

「探究」も「協働学習」も打ち出されていますね。実は「概念学習」についても盛り込まれています(「ものの見方・考え方」)。

ですが、それはどれくらい各学校で「ちゃんと」実践されているでしょうか。

自分は苦手だから…やり方が分からないから…そんな理由で、教師が黒板に書いたことをノートに写し続けるような授業が、いまも再生産されています。

(生徒が能動的に聴いていればそれもアクティブ・ラーニングだ、っていう話を聞いたこともありますが、そんなことを言っていたら変わらないでしょう)

 

IBでの「指導の方法」のように指導方針を明確にし、全員の合意をとった上で共有することが大事だと思います。指導方針を学校の中で「共通言語化」するのです。

そうすることで、自分の実践が指導方針と照らして、良い授業だったかどうかの評価もできますし、また同僚と話し合って改善のために工夫することもできるようになります。

IB校では「指導の方針」を共通言語にして、このように授業力向上を図っていますが、これはIB校だけでなくどの学校でも応用可能だと思います。

学習指導要領だけだと読み流され、本気で取り組まれない可能性があります。職員会議などを通して自分の学校流に「言い換える」プロセスが必要でしょう。